エラベノベル堂

控えめ後輩の仮面

全年齢

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8章 / 全10

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会議室を出たあと、総務課へ戻る廊下はやけに静かだった。窓の外には夕方の光が斜めに差し込み、壁の白さだけが少し眩しい。一真は書類を抱え直しながら、隣を歩く結衣の横顔をちらりと見る。さっきの会話の余韻が、まだ胸の奥に残っていた。 結衣は普段どおりの顔をしていた。だが、指先だけがわずかに落ち着きなく、ファイルの端を撫でている。強く見せるための軽口も、芝居じみた振る舞いも、全部が彼女の生き方なのだと知った今、その揺れが妙に小さく見えた。 先輩 不意に呼ばれて、一真は足を止めた。 何も言わずに聞いてくれたの、助かりました 結衣の声はいつもより少し低かった。感謝の言葉なのに、どこか確かめるような響きがある。一真はすぐに励ましの言葉を返しかけて、やめた。ここで大丈夫だとか、もう無理しなくていいとか、そういう言葉はたぶん違う。 無理に変えなくていいんじゃないか 一真は、少し考えてから言った。 結衣がどういうやり方で自分を守ってきたのか、全部は分からない。けれど、あの軽口も、大胆さも、彼女が選んで身につけたものなら、それを簡単に剥がすような真似はしたくなかった。 結衣は目を瞬かせた。 私、変わってますか 変わってるというより、ちゃんと自分で決めてる感じがする その返事に、結衣は一瞬だけ言葉を失った。否定されると思っていたのかもしれない。けれど一真は、彼女のやり方を正すつもりがなかった。守るための仮面だとしても、それを選んできたのは結衣自身だ。ならば必要なのは矯正ではなく、肯定だった。 結衣は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。 そういう言い方、ずるいですね ずるいか はい。励まされるより、納得させられる感じがするので その言葉に、一真は思わず口元をゆるめた。結衣も少しだけ笑う。いつものからかいではない、ほんの短い笑みだった。弱音を零した直後だというのに、その表情には妙な軽さが戻っている。自分の選んだ生き方を、誰かに否定されなかった。それだけで、彼女には十分なのかもしれなかった。 一真はその笑顔を見て、ようやく気づく。彼女が欲しかったのは、押し切るような励ましではなく、選んだままでもいいと思える場所だったのだと。 結衣はファイルを抱え直し、先に歩き出した。夕方の光の中で、その背中はいつもより少しだけ小さく見えたが、弱っているというより、むしろ素の輪郭がのぞいているようだった。 先輩 うん 私、たぶんまだ上手くやります 結衣は前を向いたまま、ぽつりと言った。 一真はその言葉に、ただ静かにうなずいた。

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