翌日の昼休み、春川浩は教室でパンの袋を開けながら、昨夜のことを思い出していた。高瀬真理の赤い服、必死に取り繕う声、あの変な真面目さ。誰にも言うつもりはなかった。少なくとも、口に出すまでは。 「昨日さ、やたら変なもの見たんだよな」 隣の席に身を乗り出してきた親友が、面白そうに眉を上げた。浩はしまったと思ったが、もう遅い。黙っていればよかったのに、軽く匂わせる程度なら大丈夫だろうと、つい言葉を濁してしまった。 「夜の公園で、赤いやつ。たぶん、怪談のやつに近い」 親友の目が一気に輝いた。浩は慌てて手を振った。 「いや、詳しくは言わないぞ。気のせいかもしれないし」 だが、曖昧な言い方ほど人の興味を煽るらしい。親友は勝手に話をふくらませ、放課後には別のクラスへ、さらにその隣へと広がっていった。誰かが赤タイツと言い、誰かが公園のブランコと言い、誰かが深夜に見たと付け足す。浩が否定しようとすると、もう話は浩の手を離れていた。 廊下ですれ違う生徒たちが、何やらひそひそと笑う。教室の空気はいつもと同じ顔をしているのに、その底で小さな波が生まれているのが分かった。 「赤タイツの噂、マジらしいぜ」 「どこで見たんだろ」 「夜の公園って、やっぱり出るんだな」 耳に入るたび、浩の背中がじわりと冷えた。あの夜の真理は、ただひとりで張りつめていただけだったのに。笑い話にしてしまった自分の軽さが、急に重くのしかかる。 放課後になるころには、噂はもう静かに形を持ちはじめていた。誰が最初に言い出したのかも曖昧なまま、しかし確かに、学校のあちこちで同じ言葉が囁かれている。 赤タイツの噂が、動き出していた。 浩は空になった袋を握りつぶしながら、窓の外を見た。夕方の空は平然としているのに、自分だけが何かを取り返しのつかないところへ押し出してしまった気がした。
赤タイツの秘密
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