放課後の風はまだ少し熱を残していた。春川浩と高瀬真理は、公園の入口近くで、証言の食い違いを作る作戦を続けていた。どちらの口からも、赤い影の輪郭はもう曖昧になりつつある。浩が奥の木の近くを指し、真理が遊具の陰だったかもしれないと補えば、それだけでひとつの怪談は崩れ始めた。 そのときだった。 植え込みの向こうで、砂を踏む小さな音がした。二人が同時に振り向くと、見覚えのある制服姿が、息を切らしながら立ち尽くしている。真理より少し下の学年の後輩だった。顔は青ざめ、目だけが妙に真剣だった。 「高瀬先輩……やっぱり、ここにいたんですね」 真理の肩がぴくりと跳ねた。浩は咄嗟に一歩前へ出る。 「えっと、何か用?」 後輩は浩の存在に少しだけ戸惑ったが、視線を逸らさなかった。 「最近、先輩、夜に一人で出てるって聞いて。ずっと気になってて……さっきから、見てました」 空気が一気に固くなる。浩は真理の横顔をちらりと見た。彼女は、ばれたこと以上に、後輩に心配されている現実に動揺しているようだった。だが、ここで真実をそのまま渡すわけにはいかない。 浩は脳の奥を必死に回した。夜の公園。誰もいない場所。変な格好。けれど、それをそのまま認めれば、真理はまた追い詰められる。なら、別の筋道を作るしかない。 「それ、たぶん誤解だよ」 浩はできるだけ軽い声を出した。 「高瀬先輩、実は夜の自主練してるだけ。ほら、静かな場所のほうが集中できるってやつ」 真理が息を呑む。浩は構わず続けた。 「足音の確認とか、姿勢の調整とか。うるさい場所だと感覚がずれるから、ここを使ってるんだって」 後輩は目をぱちぱちさせた。 「自主練……ですか」 「そう。赤いのも、目立つ反射を避けるための工夫。暗いときに変に目立つより、動きに集中したいって」 自分でも苦しい言い訳だと思ったが、言葉を重ねるたび、妙にそれらしく聞こえてくる。後輩はまだ納得しきれていない顔をしていたが、真理の方を見て、恐る恐る尋ねた。 「先輩、それ、本当ですか」 真理は一拍遅れてから、ぎこちなくうなずいた。 「ええ……まあ、そんな感じ」 声は細かったが、否定はしなかった。浩は内心で安堵しつつ、さらに話をずらす。 「だから、変な噂にするより、見間違いってことにしておいて。夜の公園って、ちょっとしただけで話が大きくなるからさ」 後輩はまだ何か言いたそうだったが、浩の軽口に押されるように口を閉じた。真理は硬いまま立っている。浩はその緊張を見逃さず、わざと明るく肩をすくめた。 「もし気になるなら、今度は昼にでも見に来ればいいよ。夜じゃ、何も分からないし」 真理が小さくこちらを見た。その目は、ありがとうとも、やめてともつかない色をしていた。後輩はしばらく迷った末、ようやく曖昧に会釈する。 「……分かりました。すみません、勝手に」 「いや、心配だったんだろ」 浩がそう返すと、後輩はもう一度頭を下げ、公園の外へ歩き出した。足音が遠ざかるにつれ、場の張りつめた糸も少しずつ緩んでいく。 それでも真理は、すぐには動けなかった。赤い裾をぎゅっと握り、息を整えるみたいに何度かまばたきをする。 浩は声を落とした。 「危なかったですね」 「……ええ」 「でも、何とかなりました」 真理はこくりと頷いた。夕方の光の中で、その顔にはまだ疲れが残っている。浩はふと、自分がさっきついた無茶な嘘を思い出して、少しだけ口元を歪めた。 夜の自主練。たしかに、今の真理なら、そう言われても不思議ではない気がする。 真理は公園の奥を見つめたまま、静かに息を吐いた。浩はその隣で、まだ完全には終わっていない気配を感じながらも、ひとまず噂が別の形に滑り落ちたことを確かめていた。
赤タイツの秘密
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