エラベノベル堂

灼熱研究室の雪女

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4章 / 全10

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白衣の人影は、私の目を避けるようにわずかにうつむいた。長い髪の隙間から覗いた横顔に、私はようやく見覚えのある輪郭を見つける。冷たい気配に怯えきっていた頭が、遅れて現実をつかんだ。 「……君は」 言いかけた私の声を、乾いた笑いが遮った。 「やっと気づきましたか、教授」 聞き覚えのある声だった。白衣の袖が乱暴に払われ、薬品庫の影から女子学生が一歩出てくる。頬は汗で濡れているのに、目だけは妙に冴えていた。耳に光っていたのは小さな金具ではなく、白い布を留めるための簡易なクリップだった。 私は呆然と彼女を見た。白衣の下には、研究室の備品を使って仕込んだらしい冷却シートが巻かれている。扉の隙間から落ちた冷風も、どこかに隠した小さな送風機の仕業だろう。足音は、廊下に置いた金属板を踏ませて響かせていたのかもしれない。怪談めいた気配の正体が、次々と人の手でほどけていく。 「何をしている」 問いは厳しく響いたはずなのに、彼女は怯まなかった。 「何をしてるか、ですか。教授が何もしないからです」 その声は、暑さに溶けた空気を一刀で切るみたいだった。 「空調は壊れたまま、修理の話は先送り、薬品保管庫の点検も後回し。機器が止まりかけても、予算がないの一点張り。あの暑さで倒れたら、研究どころじゃないでしょう」 私は反論しかけて、言葉を失った。彼女の目には、ふざけた演出を楽しむ色はなかった。怒りだ。長く溜め込んだものが、ようやく形になったような、真っ直ぐな怒りだった。 「だから、わざとやりました」 彼女は白衣の裾をつかみ、私を見上げた。 「怖がらせれば、やっと聞くと思ったんです。教授はいつも、必要だと言われるまで動かないから。だったら、怪異のふりでもしないと」 私は息をつめたまま、言い返せなかった。悔しいほどに、彼女の言葉には筋が通っていた。研究室の熱、表示の異常、廊下の足音。すべてが偶然ではなく、怒りを形にした抗議だったのだ。 彼女は一度だけ唇を噛み、それから静かに言った。 「修理してください。責任も、ちゃんと取ってください」 白衣の下で、まだ仕掛けの冷たさが微かに残っている。私はその前に立ち尽くし、汗の匂いと冷気の残滓が混ざる空気を吸った。恐怖は消えたはずなのに、胸の奥には別の重さが落ちていた。私は教授として、目の前の怒りから逃げることはできない。

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