車輪の音が、次の瞬間ふっと途切れた。 直樹は反射的に前のめりになり、窓の外へ目を向ける。暗い景色が一度だけ揺れ、列車全体が重たい息を吐くように止まった。吊り革が細かく揺れ、車内の空気だけが遅れて残る。 「え」 莉桜の声が、さっきまでの軽さを失っていた。 天井のスピーカーから雑音が流れ、途切れ途切れの案内が車内に落ちる。ところどころがかすれ、言葉の輪郭が崩れていく。直樹は耳を澄ませたが、状況を拾いきれない。停車の理由も、再開の見込みもはっきりしないまま、ただ待つしかないらしかった。 「しばらく、止まるのか」 「たぶん、だね」 莉桜はそう返したものの、指先が膝の上で落ち着かなく動いていた。さっきまで余裕のあった笑みは薄く、目だけが車内の端を気にしている。閉ざされた空間に足止めされたせいで、彼女の焦りがじわじわと表へ浮かび上がってきた。 直樹はそれを見て、何も言わずに座り直す。窓の外は駅の灯りで白くぼやけ、どこにも行けない静けさだけが残った。 「駅員さん、来るかな」 莉桜がぽつりと漏らした。 「連絡は入ってるはずだろ」 「そういうの、入ってても遅い時あるし」 言い終える前に、彼女は唇を噛んだ。焦りを隠そうとしているのが、かえって分かってしまう。直樹は初めて、彼女の挑発が消えたあとの素の落ち着かなさを見た気がした。 「平気か」 「平気じゃない、かも」 その答えは短かった。けれど、短いぶんだけ切実だった。莉桜は座席の端に少し寄り、スマートフォンを握り直す。画面に視線を落としたまま、誰に向けるでもなく息を吐いた。 「家にも学校にも、戻りたくないんだよね」 その言葉は、説明というより先に出てしまった本音だった。直樹は問いを重ねない。無理に理由を引き出せば、この細い糸が切れてしまう気がした。 「そうか」 ただ、それだけ返す。 莉桜は少し驚いたように顔を上げ、それからすぐに目を逸らした。駅で足止めされ、逃げ場のない時間が伸びるほど、彼女の焦りは増していく。それでも直樹の前では、もう以前ほど刃を立てなかった。 「……変だよね」 「何が」 「こんなに止まってるのに、どうして余計に落ち着かないんだろ」 直樹は小さく息をついた。閉じた車内は、まるで外の世界と切り離された小さな箱みたいだった。その中で焦る彼女を見ていると、単なる気まぐれや悪戯では済まされない何かが、確かにあるのだと分かる。 莉桜はスマートフォンの画面を見つめたまま、もう一度だけ画面を暗くした。言葉にならない恐れが、その動きに滲んでいた。 「ここにいるしかないの、今は」 直樹はうなずく。 終電はまだ動かない。けれど、止まったことで見えてしまったものがある。莉桜の焦りは、ただの退屈ではない。誰かに見つかることを避けるような、切迫したものだと直樹は静かに理解し始めていた。
終電車内の挑発
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