莉桜はスマートフォンを握ったまま、画面の明るさを落とした。さっきまでなら、わざと見せつけるように振る舞っただろうに、今はその仕草さえ落ち着かない。直樹は何気ないふりで視線を向ける。画面には短い文面が並んでいたが、通知の断片が途切れ途切れに見えるだけで、全体は読み取れない。 「何か来てたのか」 莉桜は一瞬だけ黙った。答えを選んでいるというより、どこまで言えばいいのか迷っている顔だった。 「別に、大したことじゃないよ」 言いながらも、指先は画面の端をなぞっている。直樹には、それが平静を装う手つきに見えた。彼女は軽く笑おうとしたが、うまくいかない。唇の端だけが少し動いて、すぐに消えた。 「大したことじゃない相手に、そんな顔はしないだろ」 直樹がそう言うと、莉桜は小さく息を呑んだ。からかわれたと受け取ったのではない。図星を突かれたときの、静かな揺れだった。 「……見えるんだ」 「見えてるというか、隠し方が少し不安そうだ」 莉桜は膝の上でスマートフォンを握り直した。白い画面の光が、彼女の指先を青く照らす。そこに映るのは、ただの通知ではない気がした。急停車した終電の中で、時間だけが妙に重く伸びていく。その重さに耐えるみたいに、莉桜は肩をわずかにすくめた。 「家にも学校にも、戻りたくないって言ったよね」 直樹がうなずくと、彼女は窓の黒いガラスに目を向けた。映る自分の顔を見ているのか、外を見ているのか分からない。 「どっちも、今はちょっと無理」 声はかすかだった。けれど、無理やり笑うときの軽さはもうない。 「誰かに見つかるのが、嫌なのか」 問いは静かだった。詰め寄る響きはない。それでも莉桜の指が止まり、空気の温度がわずかに変わった。 「……うん」 たった一つの返事に、いくつもの言葉が押し込まれているようだった。直樹はそれ以上聞かない。ただ、彼女が逃げるためにこの車両へ来たのだと、はっきり理解する。退屈しのぎでも、気まぐれでもない。もっと切実な理由がある。 莉桜はスマートフォンを胸に引き寄せ、短く息を吐いた。 「変に思う?」 「思わない」 「ほんとに?」 「少なくとも、ここにいる理由は分かった気がする」 その言葉に、莉桜は少しだけ目を見開いた。驚きと、安心と、まだ消えない警戒が同じ顔に混ざる。やがて彼女は視線を落とし、指先で画面を伏せた。 駅のホームに立ち尽くすような静けさが、車内に長く伸びている。待ち時間は終わらないまま、それでも直樹の中では何かが変わっていた。目の前の少女は、ただ面白半分で話しかけてきたわけではない。何かから逃げるように、この空間に身を置いている。 莉桜はもう一度だけスマートフォンを見た。そこに映る文字は、やはり曖昧で、不穏なままだった。
終電車内の挑発
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