部屋に入った美音は、最初こそ遠慮がちに立っていたが、悠真がストーブの前の椅子を勧めると、ようやく腰を下ろした。サンタ風の上着の裾が膝にたまり、冷えた足先を隠すように両手を重ねる。その肩は、さっきより少しだけ低く見えた。 悠真は台所に立ち、あり合わせの野菜と缶詰を温めて、簡単なスープを作った。湯気が立ちのぼるころには、部屋の空気も少しやわらいでいる。大きめの器を前に置くと、美音は驚いたように目を丸くした。 「食べられそうなら」 それだけ言うと、悠真は向かいの椅子に座った。余計な質問はしない。何から聞けばいいのかも分からなかったし、下手に踏み込めば、彼女の傷に触れてしまう気がした。 美音は小さく 「ありがとうございます」 と言い、スプーンを持った。ひと口、ふた口と飲み進めるうちに、こわばっていた表情が少しずつほどけていく。だが、温かさは硬い殻を全部溶かすほどではなかったらしい。器を見つめたまま、彼女はぽつりと息を落とした。 「私、ほんとに行くところなかったんだなって」 声は平静を装っていたが、最後のほうでかすかに揺れた。悠真は返事を急がず、ただ黙って頷いた。すると美音は視線を上げ、どこか苦笑するように口元をゆがめた。 「さっきまで平気なふり、してたんです。平気じゃないのに」 言い切った途端、彼女の目尻に光るものが滲んだ。すぐに拭おうとした手を、悠真は止めない。ただ、温かい紙ナプキンをそっと差し出す。それだけで、美音の息が一度、浅く震えた。 「ここにいてもいい、って言われただけで、少し安心したのに。安心したら、余計にだめで」 その言葉のあとは続かなかった。代わりに、ひと粒の涙が頬を伝う。強がりを保っていた糸が切れたように、美音は肩を落とした。悠真は何も言わず、湯気の立つ鍋を火にかけ直した。部屋の時計の秒針だけが、やけに静かに進む。 しばらくして、美音は両手で顔を覆った。泣き声は小さいのに、抑え込もうとするたび息が詰まっていく。その隣で悠真は、ただ目を逸らさずにいた。慰めの言葉は見つからない。けれど、見捨てないことならできる。 やがて美音は、指の隙間から困ったように笑った。 「ごめんなさい。こんなつもりじゃ」 「いいんです」 短い返事だった。それでも美音は、ゆっくりと顔を上げた。泣き腫らした目は赤いのに、さっきまでの独りぼっちの硬さはもう薄れている。悠真の沈黙が、責めるためのものではないと分かったのだろう。美音は器を両手で包み直し、もう一口スープを飲んだ。冷たい夜の名残はまだ窓の向こうにある。それでも部屋の中だけは、少しだけ人の体温を取り戻していた。
聖夜の訪問者
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