湯気の向こうで、美音はしばらく器を抱えたまま黙っていた。泣き止んだあとに訪れる静けさは、さっきまでの沈黙よりも少しだけ柔らかい。悠真もまた、何か気の利いたことを言えるわけではなく、ただテーブルの端に手を置いていた。 「……クリスマスって、毎年こんな感じなんですか」 ぽつりと落ちた声に、悠真は顔を上げた。 「毎年、というほど大げさじゃないですけど。だいたい部屋で過ごします」 「寂しくないんですか」 即座に返せず、悠真は少しだけ視線を泳がせた。窓の外では、遠い車の音が薄く流れている。 「寂しいと思うことはあります。でも、慣れてしまうと、それが普通になるというか」 美音はその言葉を反芻するように、ゆっくり瞬きをした。 「普通、かあ」 口の中で転がすような響きだった。彼女はスプーンを器の縁に当て、音を立てないように置いた。 「私、クリスマスって、ちゃんと誰かと過ごすものだと思ってました。子どものころは、夜になればプレゼントがあって、起きたら少しうるさいくらいに賑やかで。大人になったら、そういうのは減るって分かってたのに、どこかでまだ期待してたのかもしれません」 言いながら、自分でも少し驚いたように美音は笑った。笑い方は弱々しいが、さっきよりずっと自然だった。 「期待してたぶんだけ、外れたときがつらいんですね」 悠真がそう返すと、美音は目を伏せて、静かにうなずいた。 「そうなんです。平気なふりはできても、ひとりって分かった瞬間に、すごく寒くなる。外の寒さじゃなくて、心のほうが」 その言葉は、先ほどまでこぼれていた涙よりもまっすぐだった。悠真は、彼女が初めて自分の気持ちを言葉にしているのだと気づく。誰かに慰められるためではなく、自分で確かめるように。 美音は両手で器を包み直し、少しだけ背筋を伸ばした。 「でも、寒いって思えたのも、ここに入れてもらえたからなんですよね。さっきまでの私、何も分かってなかったのかも」 「分からなくて当然でしょう」 「そうですか」 「ええ。たぶん、今わかってきてる途中です」 その返事に、美音は小さく息を吐いた。納得したのか、安心したのか、自分でも判然としない顔だった。だが、その曖昧さの中に、さっきまでの張りつめた硬さはもうない。 器の中のスープは半分ほど減っていた。悠真は鍋を見やり、温かいものを少し足そうかと立ちかける。すると美音が、慌てたように首を振った。 「もう少し、このままで大丈夫です。温かさを急いで使い切りたくないというか」 その言い方が妙に可笑しくて、悠真はほんの少しだけ口元を緩めた。美音もそれにつられるように、控えめに笑う。 ふたりの間に、さっきまでとは違う静けさが落ちる。重苦しさではなく、言葉を交わしたあとに残る、居心地のいい間だった。美音は窓のほうを見て、白い息が窓ガラスに触れて消えるのを想像するように目を細めた。 「今日は、泣いてばかりだと思ってました。でも、ちゃんと話せた気がします」 悠真は頷いた。 美音はその頷きを見て、今度は逃げるような笑顔ではなく、少しだけ肩の力を抜いた表情を浮かべた。外ではまだ、楽しげな気配が遠くにある。けれどこの部屋の中では、期待が外れた寂しささえ、少しずつ言葉に変わっていた。
聖夜の訪問者
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