エラベノベル堂

聖夜の訪問者

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小説ID: cmoz7v8pc000801noqx3hozu9

7章 / 全10

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朝まで考えなくていい、と言われても、美音はすぐには肩の力を抜けなかった。だが、時計の針が一つ進むたび、部屋の空気は少しずつ落ち着きを取り戻していく。悠真は片づけのために台所へ立ち、流しに器を重ねた。今日の食器洗いは、いつもより静かだった。 「悠真さんって、普段からこんな感じなんですか」 背後からそう聞かれて、悠真は水を止めた。 「こんな感じ、というと」 「誰かを急かさないというか。決めつけないというか」 少し考えてから、悠真は肩越しに答える。 「仕事柄、急ぐことは多いです。でも、人にまで同じ速度を求めるのは、違う気がしていて」 美音はふっと目を細めた。 「いいですね。私は逆かもしれません。待つのが苦手で、何でも先に白黒つけたくなる」 「だから、あの連絡も」 言いかけて、悠真はそこで止めた。美音は少しだけ苦笑する。 「ええ。わかりやすいでしょう」 二人はテーブルを挟んで座り直した。美音は、片づいた器の並ぶ場所を見つめながら、ぽつりと続ける。 「私、接客の仕事をしてるんです。人に見せる顔を作るのは慣れてるつもりでした。でも、ほんとの気持ちは、ちゃんと整わないと出せないままで」 悠真はうなずいた。自分は黙って画面の前にいることが多く、感情を表に出すのが得意ではない。だからこそ、彼女の言葉が少し意外だった。 「俺は、逆に。外ではあまり笑わない分、部屋の中くらいは静かでいたいと思ってました」 「じゃあ、今日の私はかなり例外ですね」 「かなり」 その返事に、美音は小さく笑った。けれど、笑ったあとで少しだけ視線を落とす。 「でも、例外って、悪い意味ばかりじゃないんですね」 悠真はその言葉を聞いて、はじめて気づく。美音は強がりながらも、人の反応をよく見ている。傷つきやすいのに、相手を試すようなことはしない。自分が持っていないものを、彼女は最初からいくつも持っていた。 一方で美音も、悠真を見ていた。気まずい空気を無理に変えようとせず、必要なときだけ手を差し出す。その不器用さは、冷たさではなく、踏み込まない優しさなのだと分かってくる。 「悠真さんって、意外と怖くないですね」 「今さらですか」 「今さらです」 美音はくすりと笑い、赤い袖口をいじった。 「最初は、絶対に話しにくい人だと思ってました。でも、そうじゃなかった。私が勝手に急いでいただけで」 「急いでいたのは、悪いことじゃないでしょう」 「そうですか」 「ええ。たぶん、誰かに置いていかれたくなかったんだと思います」 その言葉に、美音は一瞬だけ黙った。図星を刺されたように見えたが、不思議と刺々しさはない。代わりに、胸の奥をそっと撫でられたような顔をした。 「……ほんと、そうかもしれない」 外の賑わいはまだ遠くで続いている。だが、この部屋では、互いにないものを見つけた静かな驚きが、ゆっくりと温度を持ちはじめていた。悠真は湯のみを二つ並べ、温かい茶を注ぐ。美音はそれを受け取り、両手で包み込む。 「明日のことは、また明日考えましょうか」 悠真が言うと、美音は少しだけ目を見開き、それから今度は本当に安心したように微笑んだ。 「……そうですね。明日の私に、少し任せます」 その返事は、昨夜よりずっと柔らかかった。

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