時計の針が深夜の少し手前を指したころ、美音のスマホが、テーブルの上で小さく震えた。高くも低くもない通知音だったが、静まり返った部屋ではひどく大きく聞こえた。美音はすぐには手を伸ばさず、画面を見つめたまま固まる。悠真も反射的にそちらを見たが、何も言わなかった。 画面に浮かんだ名前を見た瞬間、美音の表情から血の気が少し引いた。さっきまでの柔らかさが、薄い膜みたいに剥がれていく。送られてきた文面は短かった。感情を挟まず、用件だけを切り取ったような、事務的な連絡だった。そこに期待を寄せる余地は、どこにも残っていない。 美音は唇を開きかけて、閉じた。指先が迷うようにスマホの縁をなぞる。悠真はその様子を見ていたが、口を出さないと決めたまま、湯のみを両手で包み直した。助言を投げれば楽になるかもしれない。けれど、それは彼女自身の答えではない気がした。 美音は画面を見下ろしたまま、しばらく動かなかった。やがて小さく息を吸い、ひとつ、深く吐く。すると肩の力が少しだけ抜けた。彼女は送信欄を開き、指を止め、また閉じた。迷いはまだ残っているのに、その迷いの形が少し変わっていくのが分かった。 「……返事、するべきなんでしょうけど」 声はかすれていた。悠真はうなずきもせず、ただ待つ。美音は自分で自分を確かめるみたいに、画面に視線を落とした。 「たぶん、これが最後ですね」 誰に向けたともつかない言葉だった。けれど、悠真にはそれが、残していた未練にようやく区切りをつけようとする響きに聞こえた。美音はもう一度だけ通知の文面を読み返し、それから短く指を動かす。送信された文字は多くない。けれど、その一回は、彼女が自分の足で扉を閉めるための動作に見えた。 送ったあと、美音はすぐに画面を伏せた。しばらく何も言わない。けれど、沈黙はさっきまでとは違っていた。嵐の前の張りつめた沈黙ではなく、決め終えたあとの静けさに近い。 悠真はようやく湯のみを置いた。美音がこちらを見上げる。そこには、少し疲れた目と、それでもまっすぐな光があった。 「勝手に決めなくて、よかったです」 その一言に、悠真は短く息を吐いた。 「自分で決めたなら、それでいいと思います」 美音は小さく笑った。泣きそうな顔ではない。けれど、完全に晴れた顔でもない。長く握りしめていたものを、やっと手放した人の顔だった。 部屋の飾りは、相変わらず静かに揺れている。赤と金の光が、壁にやわらかい影を落としていた。美音はその影を見上げ、ゆっくりと瞬きをした。悠真はそれ以上、何も言わなかった。答えを出したのは彼女で、その余韻を壊す必要はないと思ったからだ。 美音はスマホを胸元に抱え、深く息をつく。夜はまだ終わらない。それでも、彼女の中で何かがひとつ区切られたのは、はっきりと分かった。
聖夜の訪問者
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