委員会の書類を抱えたまま教室へ戻ると、昼休みのざわめきは少し和らいでいた。心菜は何でもない顔を作ろうとしたが、購買での失敗と急な手伝いで、気持ちはまだ落ち着かない。桜奈はそんな心菜の横顔をちらりと見て、わざと軽い声を出した。 「ねえ、心菜。さっきから真面目すぎ。ちょっと肩の力抜きなよ」 その一言に、心菜の胸がひやりとした。何でもない雑談のつもりだと分かっていても、今の自分には妙に響く。結莉も合わせるように、机の上の書類を揃えながら言う。 「そうだね。まずは落ち着いて、できることからにしよう」 心菜はうなずいた。けれど、その直後だった。前の席の男子が振り返り、何気なく口を開く。 「心菜ってさ、今日ずっと荷物気にしてない? なんか、大事なものでも入ってるの」 教室の空気が、ほんの少しだけ止まった。悪気のない問いかけだと分かるのに、心菜の指先は書類の端を強く押さえてしまう。言葉が出ないまま視線を落とした、そのわずかな沈黙が、周りの好奇心を呼び寄せた。 「え、そういえば」 「さっきから変に慎重だよね」 小さなさざ波が、あっという間に席のまわりへ広がる。心菜は耳まで熱くなり、何も言えずに固まった。ここで取り繕えば、かえって怪しまれる。桜奈がすぐさま机を叩いて、笑いを混ぜた。 「ほら、委員会の書類あるし、そりゃ気も張るでしょ。心菜、こういうの慣れてないんだよ」 結莉も静かに続ける。 「大事なものっていうより、今日はいろいろ重なってるだけだよ」 二人の言葉に、教室の視線が少しずつほどけていく。心菜は息を飲み込みながら、ようやく顔を上げた。まだ心臓は早く打っている。それでも、桜奈と結莉が自然に話をつないでくれたおかげで、空気は危うい線から外れた。 「そう、なんだ」 男子はあっさり引き下がったが、周囲にはまだ何か気になるものが残っているようだった。心菜はそのざわめきを聞きながら、机の下で膝をぎゅっと握る。秘密を守るには、ただ隠すだけでは足りない。人の視線が集まりかけたとき、すぐに同じ方向を向いてくれる誰かが必要なのだ。 桜奈が小さく肩を寄せてきた。 「次は、もっと自然にいこ」 そのささやきに、心菜はかすかにうなずいた。教室の空気はまだ完全には戻っていない。それでも、今はこの場をやり過ごすしかない。心菜は乱れた呼吸を整えながら、次の声を待った。
忘れ物より大事な約束
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