エラベノベル堂

忘れ物より大事な約束

全年齢

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6章 / 全10

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昼下がりの教室は、掃除当番の準備でいつもよりざわついていた。心菜は雑巾と机を運びながら、できるだけ胸元に意識を向けないようにしていたが、今日は高い場所の窓ふきを任されてしまう。脚立の上に立つこと自体が慣れないのに、少し体をひねっただけで、足元の感覚がふっと頼りなくなる。 「心菜、無理しないで。下、持ってるから」 桜奈がすぐそばで支えるように声をかけた。結莉も反対側から雑巾を受け取り、落ち着いた手つきで脚立を押さえる。心菜は頷いて手を伸ばしたが、窓枠に届かせようとして思わず身を乗り出し、危うくバランスを崩しかけた。 「わっ」 小さな悲鳴が漏れた瞬間、下にいた男子が慌てて机を寄せ、別の子が脚立の位置を少し直してくれた。心菜は顔が熱くなるのを感じながら、ぎこちなく姿勢を立て直す。もしここで派手に失敗すれば、また余計な目が集まってしまう。だが、桜奈が何気なく笑って言った。 「ほら、風が強いってことにしとこ」 その軽さに救われて、心菜は息を吐く。結莉が下から雑巾を差し出し、心菜はそれを受け取って、今度は無理のない範囲で窓を拭いた。ぎこちない動きでも、三人で支え合えば何とか形になる。そのことに気づいた途端、胸の奥が少しだけほどけた。 けれど、危うさはそれだけでは終わらなかった。心菜が脚立から降りようとした拍子に、机の角に触れて鞄が揺れ、中から何かを隠すように指が飛び出した。心菜は反射的に鞄を抱えたが、その仕草がかえって目立ってしまう。近くにいた子が 「今の、なに?」 と小さく言い、空気がまた張りつめる。 桜奈はすかさず、机の上に落ちた消しゴムを拾い上げた。 「これ、心菜のじゃない? さっきから落ち着かないから、探してたんだよ」 結莉もすぐにうなずく。 「掃除中って、こういうの落としやすいよね」 誰かが納得したように笑い、張りつめかけた視線が散っていく。心菜はその場しのぎの機転に助けられながら、頬の熱を隠すように下を向いた。秘密が見えかけるたび、二人が先回りして道をずらしてくれる。そのありがたさに、うまく言葉が出ない。 だが安心したのも束の間だった。掃除が終わるころには、教室の端々で小さなささやきが生まれていた。誰が言い出したのかは分からない。けれど、心菜がやけに慎重だったことや、桜奈たちが妙に助け舟を出していたことだけが、面白がるように広がっていく。 心菜は雑巾を絞る手を止め、遠くのざわめきを聞いた。名前を呼ばれたわけでもないのに、噂はもう自分の手から離れている。教室の空気が少しずつ別の形に変わっていくのを感じながら、心菜はただ、桜奈と結莉の顔を見た。二人は何も言わずに、そっと頷いた。

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