放課後のチャイムが鳴った瞬間、心菜の胸は嫌なほどざわついた。今日はもう帰るだけだと思いたかったのに、机の中に入れたはずの物が見当たらない。鞄の底まで手を入れても、指先に触れるのは教科書とプリントばかりだった。さっきまでの教室のざわめきが遠のき、心菜は小さく息を呑む。 「やっぱり、どこかに落としたかも……」 独り言が漏れると、隣で桜奈がすぐ顔を上げた。 「何を?」 「今日使うはずだった、小さい袋……中身をまとめて入れてたやつ」 言いながら、心菜は自分でも曖昧な説明に焦った。忘れ物の正体をはっきり言えない。その曖昧さが、余計に不安を大きくする。 結莉が立ち上がり、机の下を覗き込む。 「教室だけじゃなくて、さっき移動した場所も見たほうがいいかも。図書室へ行ったりした?」 心菜はうなずいた。昼の後、急な用事の合間に図書室へ寄り、さらに職員室の近くまで行ったことを思い出す。どこかで落としたのなら、今のうちに見つけなければならない。桜奈はすぐに言った。 「じゃあ、まず図書室。それから職員室の前も見てこよう」 心菜は頷き、三人で廊下へ出た。 図書室は、放課後の静けさに包まれていた。返却本の整った匂いがして、さっきまでの教室とは別の場所みたいに落ち着いている。心菜はカウンターの前で息を整え、机の下や椅子の脇を見たが、それらしいものはない。司書教諭は顔を上げると、事情を細かく聞かずに、ゆっくりと奥を確認してくれた。 「小さな袋なら、さっき職員室へ持って行った子がいたかもしれないわね」 意外な言葉に、心菜ははっとした。 職員室へ向かう廊下は、夕方の光で少し赤く見えた。心菜がためらっていると、結莉が先に扉の前へ立ち、さりげなく中をのぞく。すると、机の端で書類を束ねていた先生がこちらに気づいた。 「どうした、探し物か」 心菜は身を固くしたが、声をかけられた先生は面倒そうな顔ひとつしなかった。むしろ、机の横に置かれた小さな封筒を指さす。 「これならさっき預かってる。図書室から届いたんだ」 心菜は一歩前へ出た。封筒の中を見なくても、それが自分の探していたものだと分かった。けれど、胸が少しだけ重い。どうして図書室から職員室へ回ったのか、誰が拾ってくれたのか。説明される前に、心菜の様子を見ていた先生がふっと目を細めた。 「落としたのを見つけて、連絡してくれた生徒がいたんだ。お前が慌てないようにってな」 心菜はその言葉に、思わず桜奈と結莉を見た。二人は何でもないという顔で、それでも少しだけ表情をやわらげていた。 「もう、ここまで来たら隠すより、ちゃんと向き合ったほうが楽なんじゃない?」 桜奈の声は軽いのに、妙にまっすぐだった。心菜は封筒を受け取ったまま、返事を探した。秘密を守るために走り回っていたはずなのに、知らないところで助けてくれた人がいる。その事実が、思っていたよりずっと心に残る。心菜は唇を結び、封筒を握りしめたまま廊下の先を見つめた。
忘れ物より大事な約束
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