エラベノベル堂

秘密派遣

全年齢

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2章 / 全10

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美晴は駅前へ出るまでのあいだ、何度も履歴書を握り直した。紙は新品なのに、手のひらの汗で少し頼りなくなる。慣れない文字を埋めた欄の端に、父の会社名を書かないようにした自分の小さな臆病さが、妙に気になった。 掲示板の前には、夕方の買い物帰りらしい人の流れが絶えなかった。色あせた求人票が何枚も並び、短期、手伝い、未経験可という文字が目に飛び込んでくる。どれも現実味がなくて、美晴は息をついた。学生でもできる仕事は限られている。それでも足を止めていると、背後から明るい声がした。 「お嬢さん、迷ってるなら、あそこのパン屋さんが人を探してたよ」 振り向くと、商店街の袋を提げた中年の女性が、親しげに掲示板の端を指さしていた。急に話しかけられて、美晴は一瞬うまく笑えなかったが、女性は気にする様子もなく、 「顔色が悪いから、無理しないでね」 と続けた。 その言葉に、胸の奥が少しだけゆるむ。続いて、近くの自転車置き場を片づけていた店主らしい男が、貼り紙を見上げながら 「短期ならあっちの八百屋も」 と口をはさんだ。誰もが知り合いのように声をかけてきて、駅前の空気は思ったより温かい。美晴は履歴書を胸に抱え直し、紹介された店へ向かおうとして、ふと足を止めた。 すると、掲示板の前にいた若い店員が、彼女の手元を見て首をかしげた。 「それ、うちの面接用だよね。もう持ってるってことは、今日応募する人かと思った」 「え」 勘違いされたらしい、と気づいた途端、美晴は頬が熱くなった。けれど店員は笑って、 「ちょうど今、明日から手伝える人を探してたんだ」 と言った。条件をざっと聞くだけで、彼女の中の不安が少しずつ現実の形に変わっていく。短い時間でも働けること、朝は早いが学生でも大丈夫なこと、商店街の一角で簡単な作業から始められること。思わぬ好意に背中を押されるように、美晴は履歴書を差し出した。 「お願いします。できることなら、なんでもやります」 紙を受け取った店員が、もう一度だけ掲示板を見やりながらうなずく。その横で、さっきの女性が満足そうに手を振った。 商店街の灯りがひとつずつともり始める中、美晴は自分の名前が初めて誰かの予定に入った気がして、静かに息を飲んだ。

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