午後の日差しは、雨上がりの石畳をまだ少し湿らせていた。美晴は市民公園のイベント広場に着くなり、手渡された大きな看板の重みで腕を見張らせた。文字は太く、色は派手で、遠くからでも目立つ。それなのに、道ゆく人の足は思ったより素通りしていく。広場の端では呼び込み役の声が弾み、屋台の湯気がふわりと上がっていた。 「笑って、前を向いて。声はもう少し明るく」 先輩の一言に、美晴はうなずいた。だが、きっちり宣伝するだけでは人は止まらない。そこで彼女は看板を少し傾け、通りがかった子どもに見やすい高さへ合わせた。 「ねえ、あれ見て。今日だけのつめ放題だって」 子どもが母親の袖を引く。つられて母親が足を止めると、美晴はそのまま買い物客の目線に合わせて、短くわかりやすい言葉で内容を伝えた。難しい説明より、目の前の楽しさを先に見せるほうがいい。そう気づいてからは、声を張るたびに人の輪が少しずつ広がった。 すると、風にあおられた配布用のチラシがいっせいに舞い上がり、広場のあちこちへ散った。子どもたちは歓声を上げ、買い物帰りの人たちまでもが思わず手を伸ばす。美晴は慌てるより先に笑って、看板を脇に立てかけた。 「拾ってくれたら、ひとつおまけです」 冗談めかしてそう言うと、通りすがりの人がくすりと笑い、しゃがみこんでチラシを集め始めた。子どもたちは競争のようにはしゃぎ、知らない同士だったはずの人たちが、いつのまにか同じ広場で同じ方向に動いている。騒がしさはそのまま、空気だけが妙に明るく変わっていく。 「お姉さん、こっちも!」 小さな手に呼ばれて振り向くと、看板の前にはいつのまにか人だかりができていた。美晴は息を整えながら、来た人ひとりひとりに向かって頭を下げる。さっきまでの大忙しが嘘みたいに、彼女の動き一つで場が回っていく。大きな声は苦手でも、相手の顔を見て、必要な言葉を選ぶことならできた。 気づけば、広場のあちこちから 「感じのいい子ね」 「あの子がいると頼みやすい」 と声が漏れている。美晴は耳まで熱くなったが、逃げたくはならなかった。騒がしい現場をうまく使えば、こんなふうに人は集まる。集まった人が笑えば、仕事はただの作業ではなくなる。 最後に残った客が看板を見上げて頷くと、美晴は胸の奥に、雨のあとの空みたいな軽さを覚えた。思いがけず人気者になったその輪の中で、彼女はまだ呼び込みの声をやめずにいた。
秘密派遣
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