エラベノベル堂

秘密派遣

全年齢

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5章 / 全10

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夕方のざわめきが少しずつ落ち着いても、美晴の足はまだじんと重かった。公園の仕事を終えたあと、商店街の明かりをいくつも通り過ぎ、彼女は駅前の小さなカフェの窓際へようやく腰を下ろした。ガラス越しに見える改札口は、人の流れだけが途切れず、店内にはコーヒーの苦い香りと、焼き菓子の甘い匂いが静かに混じっている。指先には、看板の重みやチラシを拾い集めたときの感覚がまだ残っていた。 「ここ、空いてる?」 向かいに制服姿の若い男が座り、遅れて髪を結んだ女の子もトレーを持ったままうなずいた。どちらも美晴と同じように、商店街の手伝いで一日を終えた顔をしている。男は深く息をつき、テーブルに置いた紙袋を見つめた。 「バイト、掛け持ちしないと学費がきつくてさ。親にもあんまり言えないし、進路も決めきれない」 女の子はマグカップを両手で包みながら、笑うのに少し疲れた目をした。 「私は逆に、家のことを手伝いたいのに、何を選べばいいのかわからなくて。先のことを考えると、急に怖くなるんだよね」 美晴は最初、うまく言葉が出なかった。自分だって同じように、昼も夜も働いて、家のことを背負い込んでいるつもりだった。けれど、目の前の二人がぽつぽつとこぼす悩みは、胸の奥で硬く結んでいた糸を少しずつほどいていく。学費、家計、進路。誰もがそれぞれの重さを抱えていて、軽々しく比べられるものではないのだと、あらためて思い知らされた。 「私も、最初は一人で何とかしなきゃって思ってた」 美晴がそう言うと、二人は静かに顔を上げた。 「でも、今日いろんな人に声をかけてもらって、少し変わった。全部自分で抱えると、見えなくなることもあるんだね」 男は苦笑し、女の子は小さく息を漏らした。 「わかる。誰かに言ったら負けみたいに思ってた」 「負けじゃないよ」 美晴は自分でも驚くほど、はっきりと返していた。 「ひとりで背負うには、重い日があるだけ。手伝ってもらえるなら、頼っていいんだと思う」 その言葉に、女の子の肩が少し下がった。男も、紙袋の取っ手を握り直してから、照れくさそうに笑う。 「そう言われると、ちょっと楽になるな」 窓の外では、仕事帰りの人が足早に駅へ吸い込まれていく。美晴は湯気の立つカップを見つめながら、ふと、父の疲れた横顔を思い浮かべた。あの沈黙をひとりで抱え込んでいたのは、自分だけではなかったのかもしれない。家計も、将来も、相談していいものなのだと、今さらながら気づく。 カフェの奥で、閉店準備の皿が重なる音がした。美晴は席を立つ前に、もう一度だけ深く息を吸う。今夜の疲れは消えない。それでも、胸の内側に、朝とは違う余白が生まれていた。背負い込みすぎなくていい。自分は一人で頑張るために働いていたのではなく、誰かと支え合う道を探していたのだ。 「また明日も、頑張ろう」 誰に向けたともなくこぼれたその言葉に、向かいの二人も小さくうなずいた。駅前の灯りが窓に滲み、美晴はその明るさの中で、ひとり分の荷物が少し軽くなったのを感じていた。

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