エラベノベル堂

秘密派遣

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6章 / 全10

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受付の机に並ぶ名札を整えながら、美晴は息を潜めた。会場には朝から独特の張りつめた空気があり、白いテーブルクロスの上を行き来する手だけがやけに目につく。企業イベントの案内板の向こう、客として入ってきた男性たちの顔に、美晴は見覚えを覚えた。父の会社がまだ営業していたころ、何度か話に出ていた元取引先の担当者たちだ。 胸の奥がひやりとした。声をかけられたわけでもないのに、名前を聞き取ろうと耳が勝手に傾く。彼らは受付前で立ち止まり、周囲を気にしながら低い声で話していた。契約の確認、急な仕様変更、支払いの遅れ。美晴が知らなかった言葉が、断片のまま流れていく。 「向こうだけの問題じゃなかったんだろうな」 「いや、あの条件ならどこだって苦しい。最初から詰まってたんだ」 思わず手元のペンを落としそうになり、美晴は慌てて握り直した。単純な失敗で片づけられる雰囲気ではない。誰か一人の怠慢というより、話し合いの途中でずれていった歯車のように聞こえる。それでも、父の沈んだ背中を思い出すと、そんな言い方で終わらせていい気がしなかった。 受付補助の役目を果たしながらも、美晴の意識は会話の端々に吸い寄せられた。担当者の一人が苦い顔で笑い、別の一人が資料の束を見て肩をすくめる。言葉はあいまいなのに、そこには明らかなためらいがあった。何かを隠しているというより、うまく説明できない事情を抱えている顔だった。 美晴は名簿を返す手を止め、目の前の来場者に丁寧に頭を下げた。今ここで問い詰めることはできない。けれど、聞こえた断片は十分すぎるほど重かった。父の会社を追い込んだのは、ただの不運ではない。そんな予感だけが、静かに形を持ちはじめる。 案内の列が少し途切れた瞬間、美晴は無意識に視線を会話のほうへ戻した。担当者たちはまだ低い声で何かを確かめ合っている。その輪郭を見失わないように、彼女は受付の仕事を続けながら、胸の中でそっと言葉を結んだ。家に帰る前に、もっと知る必要がある。

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