エラベノベル堂

秘密派遣

全年齢

小説ID: cmp0e8f7g071n01nog91r25si

9章 / 全10

秘密派遣 の小説画像

商店街の集会所は、昼間のにぎわいが嘘みたいに静かだった。窓の外では看板の明かりがひとつずつ灯り、閉まりかけの店から漂う惣菜の匂いが、薄い夜気に混じって流れてくる。長机を囲んだ美晴の前には、父の会社の話を耳にした人たちが、少し気まずそうな顔で座っていた。 「まず、噂をそのまま並べないで整理したいんです」 美晴は配られたメモを指で押さえ、できるだけ落ち着いた声で言った。倒産の理由を、誰かの失敗ひとつに決めつける声。途中で歪んだ契約の話。伝言の端で大きくなった誤解。集まった情報はばらばらだったが、並べ直すと、妙に似た位置でつまずいている。誰かが故意に話を曇らせたのか、それとも確認不足が重なったのか、まだ断言はできない。それでも、噂だけで父を責めるのは違うと、皆の表情が少しずつ変わっていく。 「うちの店にも、変な話だけ先に回ってきてたよ」 最初に口を開いたのは、駅前で美晴に声をかけた中年の女性だった。彼女は腕を組んで、困ったように笑う。 「倒産したって聞いたら、もう何もかも終わりみたいに言う人がいてね。でも、実際は契約書の見方を間違えて広まっただけかもしれない」 隣の店主も頷き、伝票の写しを机へ滑らせた。そこには、前に聞いた条件の食い違いに似た記載があった。美晴の胸が小さく跳ねる。紙の端に残った数字は、まるでばらばらだった線を一本にまとめるみたいに、同じ方向へ揃い始めていた。 そのとき、部屋の端で控えめに咳払いがした。顔を上げると、これまで静かに座っていた若い男性が、迷うように手を挙げている。企業イベントの会場で見かけた担当者のひとりだった。 「……もし、まだ必要なら、確認できる範囲で話します」 集会所の空気が、はっきりと変わった。美晴は思わず息を止める。相手は敵でも味方でもない、けれど逃げるつもりもない目をしていた。 「当時、うちでも条件の食い違いに気づいていました。ただ、立場が立場で、言い出せなかった」 その一言で、机の上の沈黙が音を立てて崩れた。美晴はメモを握る手に力を込める。協力者が、思いがけず一人増えた。その事実だけで、曖昧だった輪郭が急に前へ出る。まだ全部が解けたわけじゃない。それでも、父の会社を追い込んだ糸口が、やっとつかめた気がした。 「ありがとうございます」 美晴が深く頭を下げると、集まっていた人たちもそれぞれ顔を見合わせた。集会所の古い蛍光灯が、少しだけ明るく見える。机の上には、噂ではなく確かめられる言葉が増えていた。美晴はそれを見つめながら、次に並べるべき証拠を静かに思い浮かべた。

9章 / 全10

TOPへ