自宅のマンションの廊下、玲奈は足を止めて深く息を吐いた。深夜二十二時を回っている。ラブホテルからそのまま帰宅したため、髪にはまだ微かに整髪料の香りが残っていた。できる限り身なりを整えたつもりだったが、疲労は隠せない。鍵を取り出し、ドアを開ける。 「ただいま」 玄関に入ると、リビングから雅彦が出てきた。パジャマ姿ではなく、まだ普段着のままである。珍しく寝ていない。 「おかえり、玲奈」 「パパ、まだ起きてたの?」 雅彦は娘の顔をじっと見つめた。その視線に、玲奈は背中がぴりつくのを感じた。 「最近、遅いね。どんな仕事してるんだ?」 「え……」 「コンビニのバイトって聞いてたけど、こんな時間まであるのか?」 玲奈は靴を脱ぎながら、どう答えるか考えた。嘘はつきたくない。でも真実も言えない。 「パパのためだよ。高収入の仕事を見つけたの」 「高収入?」 「うん。接待の仕事。お酒を出したり、お話したりするだけ」 雅彦の眉がひそめられる。玲奈は笑顔を作り、彼に近づいた。 「心配しないで。ちゃんと稼げてるから」 「でも……」 その時、雅彦の鼻が動いた。玲奈の服から漂う甘い香料の匂い。それに、彼女の目の下の隈。疲れ切ったような、でもどこか満足げな表情の余韻。 「玲奈、その匂い……」 「え?」 「香水か? それとも……」 「あ、これはお店の香りが移っただけだよ」 玲奈は慌ててジャケットを脱ぎ、クローゼットにかけた。雅彦は黙り込み、娘の背中を見つめる。何かがおかしい。父親の勘がそう告げていた。 「パパ、もう寝よう。明日も早いから」 「……ああ」 玲奈は自室に向かい、ドアを閉めた。廊下に残された雅彦は、拳を握りしめた。娘が何かを隠している。その確信だけが、胸の中で重く澱んでいった。
秘密派遣
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