エラベノベル堂

地下のトモダチ

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9章 / 全10

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屋敷の空気が、ひどく張りつめていた。 遥奈は自室の戸に手をかけたまま、外から伝わる気配の異様さに息を止める。廊下の奥で誰かが低く言い争い、続いて硬い靴音が近づいたかと思うと、急に途切れた。静けさが戻ったのではない。何かが、その静けさを押しつぶしている。 衣装箱の陰に隠したユウセイが、布の下でそわりと動いた。遥奈が振り返るより先に、彼は暗がりの向こうへ体を向ける。今まで見せてきた甘える仕草とは違う。細い体を低くし、部屋の隅を探るように波打った。 「……来るの?」 答えはない。だが次の瞬間、廊下の戸が乱暴に叩かれた。遥奈の肩が強ばる。誰かの声がしたが、言葉ははっきりしない。ただ、普段の使用人のものではない、冷えた響きが混じっていた。 ユウセイが弾かれたように飛び出した。 遥奈は息を呑む。扉の隙間から差し込む薄明かりの中を、彼は流れる影のように駆け抜けていく。廊下を曲がり、階段へ向かい、まるで屋敷の骨組みを知り尽くしているかのように迷いがない。追うな、と言われた気がして、遥奈は一歩遅れてからその背を追った。 足元で、古い床板がかすかに鳴る。だが外の気配は、こちらの動きに合わせるように迫っていた。ユウセイは振り返りもせず、先へ先へと進む。そのたびに、遥奈の目の前の闇に、細い道筋が浮かぶ。あちらへ行けば閉じ込められる、こちらへ逃げればまだ間に合う。彼は言葉を持たないまま、それを確かに伝えていた。 階段の踊り場で、遠くから荒い物音が響いた。誰かが戸棚を倒したのか、足を滑らせたのか判然としない。けれどユウセイは一瞬だけ身を震わせ、それでも止まらない。遥奈の袖先をかすめるようにして、彼は狭い脇廊下へと滑り込んだ。 そこは、普段ならほとんど使われない通り道だった。壁に沿って古い灯りが一つぶら下がり、消えかけた火が揺れている。その向こうに、外へ続く細い扉があるのを遥奈は初めて知った。 「こんな場所が……」 呟いた声は、震えていた。 ユウセイは扉の前で立ち止まり、すぐに彼女のほうへ戻る。小さな体ではない。もう、抱き上げるには重すぎるほど育っていた。それでも彼は迷わず遥奈の前に身を寄せ、まるで背中で行けと告げるように、扉へ鼻先を向ける。 背後で、廊下を踏みしめる足音が近づいた。 遥奈は恐る恐る振り返る。暗がりの向こうには、まだ顔の見えない気配がある。けれどその正体を確かめる前に、ユウセイが再び動いた。彼は遥奈の手首をかすめ、扉の閂に体を押し当てる。重たい音を立てて古い金具が外れ、細い隙間から外の冷気が流れ込んだ。 遥奈はその風に肩を震わせる。 ユウセイは、今度は彼女の足元を見上げるようにして、静かに待っていた。 初めてだった。守られるのではなく、実際に救われるというのは。 遥奈は喉の奥の痛みをこらえ、そっと彼の体に手を伸ばす。指先に触れた熱は、これまでよりずっと確かな重みを持っていた。 「ありがとう、ユウセイ」 その一言に、彼はほんの少しだけ体を揺らした。 背後ではなおも騒ぎが続いている。だが扉の向こうに一歩を踏み出した遥奈の足は、もうさっきほど震えてはいなかった。

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