エラベノベル堂

背伸び家事代行

全年齢

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4章 / 全10

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台所の明かりの下で、優馬は菜緒の手元を見ていた。昼を過ぎたばかりの空気は、火を使うたびに少しだけ重くなる。菜緒は先ほどまで真面目に鍋を見ていたはずなのに、計量の小さな容器を持ち替えた拍子に、今度は別の調味料を入れ過ぎたらしい。味見をした瞬間、彼女の眉がわずかに寄った。 「……あれ」 「何を入れました」 「少しだけ、のつもりだったんですけど」 菜緒は言い訳の形を整えようとして、結局うまくいかない顔をした。鍋の中では、甘さと塩気の境目が崩れた匂いが立っている。優馬は黙って火を止め、隣のボウルへ目を移した。そこには、下ごしらえ用の器が二つ、なぜか同じ役目を終えたように並んでいる。片付けの途中で、うっかり増えたものだ。 「どうして食器が増えるんですか」 「分けておいたほうが楽かなと思って……」 返ってきた声は小さい。菜緒は気まずそうに視線を落としたが、完全にしぼむことはなかった。むしろ、失敗したまま立ち尽くすのではなく、どう取り返すかを探しているようだった。優馬はため息をつきかけ、そこで自分の肩がいつもより強く張っているのに気づく。仕事の疲れが抜けないまま帰ってきたせいで、台所の些細な乱れまで大きく見えていたのかもしれない。 その様子を見たのだろう。菜緒は鍋と器の間で手を止め、少し考えてから、ぽつりと言った。 「役立てることがあるなら、別のやり方もある」 優馬はその言葉に顔を上げた。台所で失敗を重ねても、責められる前に逃げるでもなく、彼女はまだこちらを見ている。得意不得意を隠さず、それでも何かを差し出そうとする声だった。 「別のやり方って」 「片付けが下手でも、気が散らないようにすることはできます。食べる人が疲れていたら、味を整えることより、先に休める形を考えるとか」 菜緒はぎこちなく笑った。さっきまでの自信のある調子とは違い、少しだけ本音が混じっている。優馬は鍋の火を完全に消し、ふと自分が皿を運ぶ手つきを見ていることに気づいた。彼女の失敗に巻き込まれたはずなのに、不思議と放っておけない。きっと、ただ不器用なだけでは済まない何かを、菜緒はずっと抱えている。 「じゃあ、今日は味を立て直すより、食べられる形にしてください」 優馬がそう言うと、菜緒は少しだけ目を丸くして、それから真面目に頷いた。台所にはまだ失敗の名残が残っている。それでも彼女の言った別のやり方が、確かにここから何かを変えそうな気配だけはあった。

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