台所の片付けがひと区切りついたころ、部屋の空気は昼のざわつきから少し落ち着いていた。優馬が流しの脇を拭いていると、菜緒はエプロンの紐を結び直し、なぜか玄関のほうを気にするような顔をした。 「優馬さん。ここから先は、私の得意分野です」 そう言われた瞬間、優馬は思わず手を止めた。得意分野、という言葉だけが妙に大きく聞こえる。家事の失敗を何度も見せられたあとでは、次に何が出てくるのか警戒してしまうのも無理はなかった。 「……何をするつもりですか」 菜緒は少し胸を張って、けれど声だけは妙に丁寧に続けた。 「場を軽くする接客です。会話の間を整えて、気分転換をお手伝いするんです。疲れている人は、ただ静かにされるより、少しだけ話しかけられたほうが楽なこともありますから」 「接客」 優馬はその単語を反芻した。まるで店でも開かれるような響きだ。だが菜緒は真面目そのものの顔で、机の角に揃えたコースターを指さした。 「まずはお茶を置いて、呼吸を整えて、会話の温度を上げすぎないようにします。あと、疲れている人には、背中を押す言葉より、休んでいい理由を渡すほうが効くんです」 言い方が大げさすぎて、優馬は返事をする前に変な想像をしてしまった。玄関先でそれを言われると、どうしても別の意味に聞こえてしまう。思わず一歩引いた拍子に、菜緒がきょとんと首を傾げる。 「え、違いましたか」 「違います。すごく、違います」 優馬は咳払いをした。菜緒の説明は、たしかに会話の支えや気分転換のことを言っているのだろう。だが、あまりに堂々としているせいで、余計に誤解を招く。 「もっと普通に言ってください。驚くので」 「普通、ですか」 菜緒は少しだけ考え込んで、それから今度はさらに丁寧に言い直した。 「では、落ち着ける声かけをします。無理に元気づけたりはしません。お仕事のあとに、少しでも肩の力が抜けるように、会話の手伝いをします」 今度は誤解の余地が少なかったが、妙に改まった響きは残ったままだった。優馬は呆れたように息を吐き、同時に、どこか引っかかる感覚も覚える。家事は苦手でも、気配りや接し方にはやけに筋が通っている。それなのに、言葉だけが時々、別人みたいに大きすぎる。 菜緒はその反応を見て、慌てたように両手を振った。 「大丈夫です、怪しいことはしません。たぶん」 「たぶん、をつけないでください」 思わずそう返してから、優馬は自分が少し笑っていることに気づいた。笑ってしまったせいで、余計に誤魔化された気もする。菜緒はほっとしたように肩を下ろしたが、その目の奥には、まだ何か隠しているような硬さが残っている。 この違和感は、言い間違いだけでは済まない気がした。優馬は視線を玄関の内側へ落とし、引き出しにしまってある登録書類の存在を思い出す。 「ちょっと確認したいことがあります」 そう言った瞬間、菜緒の表情がほんのわずかに固まった。優馬はその変化を見逃さず、今夜は後で登録情報を見直そうと静かに決めた。
背伸び家事代行
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