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背伸び家事代行

全年齢

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9章 / 全10

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代行会社の面談室は、駅前の雑居ビルの一角にあるわりに、妙に白く整っていた。壁際の椅子も、机の上の書類も、どれもきちんと並びすぎていて、優馬は自分の肩だけが少し浮いているような気がした。向かいには菜緒が座り、膝の上で指を組んでいる。さっきまで公園で見せていた硬さは残っていたが、逃げ腰ではない。 担当者が、登録情報と年齢確認の不備を淡々と読み上げる。言葉は丁寧なのに、内容は重い。優馬は途中で何度か口を開きかけたが、菜緒が先に小さく頭を下げた。 「これ以上、背伸びしません。見た目に合わせて大人のふりをするのも、やめます」 その声はか細かったが、はっきりしていた。担当者は契約の扱いを確認し、安全面の注意を改めて説明する。優馬は黙って聞きながら、菜緒の肩から少しずつ力が抜けていくのを見ていた。ようやく、無理をしていた輪郭がほどけたようだった。 面談が終わるか終わらないかの頃、担当者が書類を揃え直そうとした拍子に、菜緒のバッグから一枚の紙が滑り落ちた。優馬が目で追うと、それは彼女が用意していたらしい『気分転換の提案メニュー』だった。 机に広げられた紙面は、驚くほど几帳面だった。十分ごとに区切られた呼吸の整え方、肩を回す回数、温かい飲みものを置く位置、静かに話したい人向けの質問例まで、あまりに真面目で、しかも妙に細かい。題字だけがやけに大きく、優馬は思わず目を瞬かせた。 「……これ、本気で作ったんですか」 菜緒は耳まで赤くして、しかし隠さなかった。 「はい。優馬さんが疲れている時に、何をしたら少し楽になるか考えました。失敗しない範囲で」 その一言が、張りつめていた空気を一気に崩した。優馬は、あまりの実直さに言葉を失って、それから吹き出した。菜緒も最初は戸惑っていたが、メニューの一項目に目を落とした瞬間、つられて笑い出す。 そこには、落ち着いた声で、あたたかいお茶を差し出し、無理に励まさず、必要なら三分だけ黙る時間を作る、と書かれていた。丁寧すぎて、もはや家事代行というより、気分転換の作法集だった。 「これ、接客のつもりですか」 「はい。かなり真剣に」 「真剣すぎます」 優馬が言うと、菜緒は目元を押さえながら、弱々しく笑った。面談室の白さの中で、その笑いだけが妙に生々しい。怒っていたはずのことも、疑っていたはずのことも、紙の上の整いすぎた提案に触れた途端、形を変えてしまった。 担当者まで小さく咳払いをして、書類をまとめ直す。優馬はまだ笑いが残る口元を引き締めながら、菜緒の方へ視線を戻した。彼女はもう、大人びた声を無理に作っていなかった。代わりに、少し背筋を伸ばし、それでも等身大のまま座っている。 面談室の時計が、やけに静かに進んでいく。優馬は書類の端を指で押さえたまま、目の前の真面目すぎるメニューをもう一度見下ろした。これなら、誤解の続きを笑いに変えられるかもしれない。そんな思いが、まだ乾ききらない空気の中に残っていた。

9章 / 全10

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