リビングの明かりだけが、真夜中の家を薄く照らしていた。美樹は窮屈な制服姿のまま、正座に近い格好でソファの端に腰を下ろし、正樹はその向かいで背筋を伸ばしている。夫は一歩離れた場所に立ち、腕を組まず、ただ静かに二人を見ていた。 「まず、私から話すわ」 美樹がそう切り出すと、正樹は小さく息を呑んだ。彼女は、放課後のこと、テストの約束のこと、そして正樹が本気で勉強して結果を出したことを、順を追って説明していく。願いを聞くと自分で口にした手前、断れなかったことも、正樹がふざけ半分ではなく、ずっと努力してきたことも、隠さずに話した。 夫は黙って聞いていた。途中で一度だけ、正樹の答案の話に目を細め、それからゆっくりうなずく。 「なるほど。そういう約束か」 「ええ。だから、変なことをしていたわけじゃないの」 美樹が言うと、夫はふっと息を漏らした。 「変なこと、ではあるな」 その一言に、美樹は思わず顔をしかめたが、次の言葉は予想外だった。 「でも、正樹くんがちゃんとやったなら、応えるのは筋だろう」 正樹が目を丸くする。夫は少しだけ口元を緩め、珍しく冗談めかした調子で続けた。 「それに、あの子の成績が上がるなら、こっちも黙って見ていた甲斐がある」 「……え」 正樹の声が裏返った。夫は肩を揺らし、今度ははっきり笑った。 「家族ぐるみで応援していたんだ。君が毎晩遅くまで頑張っていたのは、ちゃんと知っている」 美樹も驚いて夫を見る。 「ちょっと、どうして先に言わないの」 「おもしろい顔をするからだ」 あまりにあっさりした答えに、美樹は言葉を失い、次いで呆れたように吹き出した。張りつめていた空気が、そこで一気にほどける。さっきまでの気まずさは、互いに見合ってしまうほどのばかばかしさへ変わっていった。 「つまり、俺だけが真面目に焦ってたんですか」 正樹がうめくように言うと、夫は今度こそ遠慮なく笑った。 「焦るのは悪くない。だが、顔を真っ赤にするほどではないな」 「やめてください……」 正樹は耳まで赤くして俯いた。美樹はその様子を見て、とうとう堪えきれずに笑い声を漏らす。制服の窮屈さも、深夜の気まずさも、夫の冷静な一言で見事に崩れ落ちていた。 夫は二人のやり取りをしばらく眺めたあと、穏やかな声で締めくくる。 「まあ、話はわかった。今日はもう休みなさい。続きは明日にでも聞く」 その言葉に、美樹はようやく肩の力を抜いた。正樹も深く息を吐く。助かった、という安堵はある。だがそれ以上に、すべてを見抜かれていたような恥ずかしさが、じわじわと遅れてきた。 「正樹くん」 夫に呼ばれて顔を上げると、そこにはからかいでも叱責でもない、妙に温かい視線があった。 「勉強、続けろ。次も期待している」 その一言で、正樹の顔はまた赤くなった。美樹は吹き出し、夫は満足そうにうなずく。真夜中のリビングには、もう誤解の重さは残っていなかった。ただ、正樹だけがいつまでも居心地悪そうにソファの縁で固まっていた。
願いは旧制服
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