盃に口をつけるたび、華澄の肩の力は少しずつ抜けていった。宴席の明るいざわめきは相変わらず大きいのに、最初ほど耳に刺さらない。湯気の立つ料理と、誰かが気を利かせて注いでくれた飲み物が、緊張で固まっていた胸の奥をゆっくりほどいていく。 「華澄ちゃん、さっきより顔色いいじゃん」 向かいの先輩が笑い、華澄は慌てて杯を持ち上げた。ところが、視界が少し曇っているせいで、手元の器がどれも同じに見える。箸置きのつもりで手を伸ばしたものは杯で、慌てて戻した指先が隣の皿に触れた。 「あ、それ箸じゃなくて取り皿」 周囲がどっと笑う。華澄は耳まで熱くなりながら、すみませんと小さく頭を下げた。悪気があったわけではないし、誰かを困らせたわけでもない。ただ、自分の不器用さが露わになっただけだ。それでも、笑われたことが不思議と痛くない。からかいは軽く、むしろ気にかけてもらっている気配のほうが強かった。 「酔ってるなら無理しなくていいよ」 そう言われて、華澄は曖昧に笑った。酔っている自覚はある。頬が温かく、声を出すたびに少しだけ浮く感じがする。それでも今は、そのふわりとした感覚が居心地よかった。普段なら一つ一つ確認していた箸や杯の位置も、今は周りの流れに任せてしまえる。少し失敗して、少し笑われて、それでも席の端に追いやられることはない。 誰かが徳利を傾け、別の誰かが取り分けを手伝い、会話は次々と別の話題へ移る。華澄は相づちを打ちながら、自分もその輪の中にいるのだとようやく実感した。完璧に振る舞わなくても、ここでは置いていかれない。そう思えた瞬間、胸の奥に残っていた硬さが、ほんの少しだけほどけていく。 それでも、手元の器をまた一つ取り違えそうになり、華澄は慌てて笑いを噛み殺した。小さな失敗だ。明日にはきっと、思い出して少し赤くなる程度の。今はただ、その恥ずかしさごと、宴の賑やかさに紛れていればよかった。
湯けむり眼鏡騒動
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