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異世界受付と開かずの金庫

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3章 / 全10

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森へ続く道は、街の喧騒が嘘みたいに早く途切れた。木々の影が重なりはじめるあたりで、私は足を止める。まだ朝は浅いはずなのに、草には薄い湿り気が残り、靴底がやけに静かだった。受付で渡された依頼書の断片が、頭の中で何度も裏返る。言葉が通じない相手。交渉。森。私は喉を整えるみたいに息をひとつ吸い、目の前の茂みを見つめた。 最初に動いたのは、声ではなく気配だった。小さな影が二つ、三つ、木の根元から滑るように現れる。背の低い体、尖った耳、手にした粗末な棒。ゴブリンだ。彼らは私を見つけるなり、互いに短く鳴くような音を交わし、じりじりと半円を作った。敵意は分かりやすい。けれど、ただの即席の連携にも見えた。先に前へ出る一体、少し遅れて周囲を回る一体、最後まで下がったまま様子を見る一体。私はその並びを見て、中心の一匹が強気なのではなく、むしろ他の二体に背中を預けているのだと悟った。 なら、真正面から怒鳴るのは違う。 私は両手をゆっくり上げ、指先まで力を抜いた。驚かせないように、けれど逃げ腰にも見えない角度で肩を落とす。舞台で何度もやった、相手の呼吸を待つ間合いだ。前に出たゴブリンが棒を掲げた瞬間、私は半歩だけ引いて、顔だけでおおげさに怯えてみせた。すると相手の目がわずかに揺れる。振り下ろすタイミングが遅れた。 私はその隙に、腰の袋を探った。中にあったのは、昨夜のうちに手渡された乾いた携帯食だった。こんなものが役に立つのかと半信半疑で、私はひとつ取り出し、地面に置く。次に自分の胸を軽く叩き、それからゴブリンたちへゆっくり差し出した。 食べ物。 通じたかどうかは分からない。それでも、前にいた一匹の鼻先が動く。周囲の二体が、私ではなく地面のそれを見た。警戒の角が少しだけ下がる。私はそこで動かず、息を殺したまま待った。芝居は、台詞のない沈黙で場をつなぐこともある。 やがて、棒を構えていた一体が、恐る恐る一歩だけ踏み出した。もう一歩。私は微笑みを作らない程度の柔らかさで首を傾ける。敵ではない、と言葉の代わりに重ねる。ようやく、そのゴブリンが食料へ手を伸ばした。指先が触れ、すぐに引っ込む。だが次の瞬間、背後の二体が短く鳴いて、武器を下ろした。 完全な安心ではない。まだ、こちらを測っている顔だ。それでも、さっきまでの殺気は薄れていた。私はそこで初めて、緊張で強ばっていた膝の力を抜く。交渉は、始まったばかりだ。けれど少なくとも、今日はここで斬られずに済みそうだった。

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