ゴブリンたちが私の置いた携帯食を囲むあいだ、私は一歩も動かずにその様子を見守った。噛みつくでもなく奪い合うでもない。けれど、まだ信用しきってはいない。ひとつの袋を覗き込み、別の一体が周囲を見張る。その役割分担だけで、彼らがただの群れではないと分かる。 私はしゃがみ込み、地面の土を指で払った。そこに細い枝で、丸をひとつ、線をひとつ足していく。入口からこちら、食べ物、見張り、そして少し離れた場所に安全。自分でも子どもの遊びみたいだと思う。だが、ゴブリンの目が図を追うたび、耳の先がぴくりと動いた。私は枝を置き、両手で胸の前に小さな空間を作ってみせる。ここは取らない。あちらは取らない。代わりに、互いに傷つかない。 前に出ていた一体が、怪訝そうに首をかしげた。私は反射的に舞台の感覚を呼び戻す。相手の疑いを真正面から受け止めるのではなく、少しだけ大げさに受け流す。肩をすくめ、掌を返し、何も隠していないと見せる。すると、周囲の二体がその動きを真似した。まるで私の身振りを図案のように読んでいるみたいだった。 そこで私は、地面の図の外側に自分の足跡をひとつ残す。入らない。壊さない。盗まない。枝で囲んだ安全の輪を、足で踏み越えずに示す。前の一体が短く鳴き、別の一体が笑ったように肩を揺らした。警戒が完全に消えたわけではない。それでも、棒の角度が下がる。私は息を吐き、次の動きを待った。 やがて、ひとりが私の描いた線の端を自分の指でなぞり、別のひとりがそこへ小石を置いた。合図のつもりらしい。私は頷き、同じように小石を返す。たったそれだけで、場の空気が少し変わった。言葉はまだ交わしていない。それでも、通じないはずの相手が、私の作った段取りに乗ってきた。 私は内心で安堵しながら、もう一度だけ丁寧に両手を広げた。安全な取引。そう口には出せない代わりに、私はそれを演じ続ける。ゴブリンたちは互いに顔を見合わせ、最後には私の前に、食料の袋を押し返す者まで現れた。受け取れ、というより、こちらの条件を飲めるか試している顔だった。 私は袋を受け取り、代わりに胸に手を当ててから、先ほどの安全の輪を指さした。約束は、まだ形だけだ。けれど、その形に彼らが少しずつ加わっていく。私は確かに、話し方だけでこの場の流れを変え始めていた。
異世界受付と開かずの金庫
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