午前の湿った空気がまだ枝葉の間に残っているのに、森の外れへ抜けたあたりで光は少しだけ開けた。ゴブリンたちは私の前を先導するでもなく、かといって置き去りにするでもなく、互いに距離を保ちながら歩く。さっきまでの警戒が完全に消えたわけではない。だが、彼らの肩の角度は明らかにさっきより低かった。 一体が立ち止まり、地面のぬかるみを指で払った。そこに露わになったのは、ただの土ではない。古い石組みの縁だ。草に隠れたそれは、人の足が通るにはやけに狭く、年月で埋もれた跡がひどく浅い。私はしゃがみ込み、指先で石の隙間をなぞる。ひんやりした感触が、地下へ続く空気をかすかに運んできた。 ゴブリンの一体が、私の視線を追ってから、胸の前で腕を交差させるような仕草をした。危ない、という意味らしい。次の瞬間、別の一体がその石の前で片膝をつき、何かを示すように地面を二度叩いた。私はその周囲を見渡し、少し離れた木の根元から、細い板が半ば腐りかけたまま突き出しているのを見つける。古い扉の残骸か、それとも通路の目印か。どちらにしても、ただの偶然には見えなかった。 私はゆっくり立ち上がり、息を整えた。狭い入口の先からは、風とは違う重たい気配がする。人の手が何度も触れたのに、最後は長く閉ざされたままになっていた場所の匂いだ。舞台の袖で感じる、開演直前の静けさにも似ている。けれどここは、観客の拍手を待つ場所ではない。何かを隠し、守り、そして通さないための仕掛けが眠っている。 私は思わず口の端を上げた。怖くないわけじゃない。むしろ、足元から伝わる冷えが骨に触れてくる。でも、さっきまで言葉の通じない相手と目線だけで場を作ってきたその続きが、この世界では確かに前へ進む力になっている。誰かに押しつけられた役ではなく、自分から掴んだ役割だった。 振り返ると、ゴブリンたちは何も言わずに私を見ていた。試すようでいて、少し誇らしげでもある目だった。私は胸の奥で、ひっそりと息を吸う。できる。少なくとも、今の私は何もできない人間じゃない。 その実感がはっきり形になった瞬間、視界の端に淡い光が走った。見慣れない札のような輪郭がふっと浮かび、すぐに消える。私の内側に、ひとつ段階が上がったような手応えだけが残る。冒険者レベル上昇。そう理解した直後、私は古い入口の影を見つめたまま、静かに息を呑んだ。
異世界受付と開かずの金庫
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