入口の影は、思ったよりも深かった。石の縁をまたいだ瞬間、足裏に伝わる空気が変わる。湿った土の匂いの奥に、乾いた古紙のようなかすかな匂いが混じっていた。私は喉の奥を鳴らし、先に進むゴブリンたちの背を追う。彼らは無言のまま、狭い通路を慣れた足取りで抜けていく。 やがて開けた前室には、崩れかけた台座と、壁に埋め込まれた古い装置があった。金属は緑青をまとい、長く閉ざされていた時間をそのまま固めたみたいだった。私は思わず足を止める。台座の上には、文字の刻まれた板が伏せられ、隣には鍵穴にも似た細い溝が見えた。金庫を守るもの。そう直感した。 私は慎重に膝をつき、板に残る文字を指でなぞる。読めるところと読めないところが半々で、意味の輪郭だけが浮かび上がる。順番。言葉。並び。どうやらこれは、ただ声に出せばいいものではない。正しい言葉を、正しい順で置かなければ装置は応えないらしかった。 私は地面に指先で符号のような線を描き、文字の断片を並べ替えていく。ひとつずつ当てはめるたび、胸の奥で何かが小さく噛み合う感触があった。けれど最後の一文字がどうしても定まらない。私が唇を噛んだ、そのときだった。 床下から、鈍く長い音が返ってきた。最初は遠い空洞の響きかと思ったのに、すぐに違うと分かる。うねるような振動が、石の下を伝ってくる。規則があるのに、規則だけでは説明できない。まるで何かが、暗い奥でゆっくり身を起こしているみたいだった。 ゴブリンの一体が低く唸り、もう一体が私の袖を引く。警戒の仕草は露骨だった。私は装置から目を離さず、手のひらを返して静かに待てと示す。急げばいいのではない。焦れば、順番を誤る。舞台でも同じだ。場が崩れる一歩手前で、観客の呼吸を拾うように間を置く。 だが床下のうねりは、間を許さない気配を帯びて大きくなる。石の継ぎ目が、ほんのわずかに震えた。私は最後の文字を見つめたまま、背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。正しい順番は、まだ一つ足りない。けれど、その不足を待ってくれる相手ではない何かが、すぐ下にいる。 私は息を吸い、崩れそうな沈黙の中で、次の一手を探した。
異世界受付と開かずの金庫
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