エラベノベル堂

異世界受付と開かずの金庫

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9章 / 全10

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崩れた石畳の向こうで、最後に残った触手が床を叩きつけた。鈍い音が遺跡の奥に跳ね返り、半ば開いたまま止まっている金庫の扉が、かすかに軋む。私はその前に立ち、胸の奥で暴れる息を無理やり整えた。まだ終わっていない。倒れたように見えても、相手は最後の力を振り絞っている。 仲間たちの気配が左右に散っているのを、視界の端で確かめる。ゴブリンたちの肩は強張っていたが、逃げてはいない。なら、私が折れられない。私は一歩だけ前へ出て、ひび割れた広間に向けて声を放った。女優の時に何度も鍛えた、通る声。小さな劇場の一番後ろまで届くように張り上げた響きが、石壁にぶつかって返ってくる。 来い、という意味ではない。もう終わりだ、という断ち切る声だ。言葉そのものは通じなくても、勢いと圧で場は変わる。触手の先端が一斉にこちらへ向いたが、その動きは先ほどほど鋭くない。私はさらに声を重ねた。ここはお前の場所じゃない。壊すなら、空っぽの石だけにしろ。喉が熱くなり、声が少し掠れた。それでも止めない。自分の心臓を鼓舞するように、仲間の背中を押すように、言葉を投げ続ける。 ゴブリンのひとりが、その声に呼ばれるみたいに前へ出た。私は視線だけで頷き、壊れた装置の残骸を指し示す。彼はすぐに理解したらしい。別の二体も動き、散らばっていた石片を拾い集める。私はその間に金庫の扉へ近づき、半開きの隙間から漏れる冷えた気配に手をかざした。封印の核はまだ生きている。完全に抜けてはいないが、今なら固定し直せる。 私は扉の縁に刻まれた文様をなぞり、先ほど解いた順番をもう一度、声と動きで重ねた。急がない。乱さない。順を正しく置く。背後で触手が暴れるたび、ゴブリンたちが石を差し込む。私が合図を送るたび、彼らが呼吸を合わせる。言葉は違っても、今は一つの場を作っている。 やがて、扉の隙間から走っていた不穏な震えが、少しずつ鎮まっていった。最後に残っていた触手が、床へ崩れ落ちるように力を失う。私はそこでようやく、膝から力が抜けそうになるのをこらえた。 勝った。そう思った瞬間、半開きの金庫扉の奥で、何かが静かに位置を変えた気がした。私は息を止めたまま、その暗がりを見つめる。まだ終幕ではない。けれど今はただ、崩れた広間に響く沈黙の中で、仲間たちの荒い息と自分の声の残響だけを聞いていた。

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