柚乃は倒れたコウモリの残光を背に、石造りの通路へと足を進めた。壁に染みた冷えが腕にまとわりつくが、さっきまでの手応えが身体を軽くしている。暗さに目が慣れてくるにつれ、足音の響きも、奥から返ってくるわずかな反響も、少しずつ読み取れるようになっていった。 曲がり角の先で、小さな影が床をかすめた。柚乃は反射的に杖を振り上げる。次の瞬間にはもう、火の粒が弾け、続けて風が通路を走った。現れた魔物は、さっきよりも素早く、壁際を跳ねるように近づいてきたが、彼女の動きには迷いがない。視線で軌道を追い、肩をひねって避け、隙間へ火球を差し込む。熱に怯んだ相手へ風を重ねれば、戦いは短く終わった。 「これなら、いけるかも」 口にした声は、少しだけ弾んでいた。次の魔物も、その次の影も、同じように捌ける気がした。実際、柚乃は一度として大きく崩れなかった。出てくる気配に合わせて構え、迫られれば半歩引き、詰められれば魔法で押し返す。さっきまでの緊張は、戦うたびに薄れていく。代わりに胸の内へ、静かな快感が積もっていった。 やがて通路は、ひときわ先が見えにくい細道に変わる。石壁は同じように湿っているのに、ここまで来ると、戻るという考えが急に遠のいた。柚乃はふと立ち止まり、手元の簡単な地図に目を落とす。入口からの位置関係は頭に入れていたはずだが、今の自分なら、わざわざ確かめなくても困らない気がした。 「もう少し奥まで見ても、平気だよね」 誰にともなくそう言って、彼女は地図をたたんだ。慎重に進むべきだとわかっているのに、順調すぎる戦いがその注意を少しだけ甘くする。青い帽子のつばを指先で軽く押さえ、柚乃は石の通路の向こうへ視線を投げた。先へ行けば、もっと面白いものが待っている。そんな予感が、初めての探索をただの確認作業では終わらせてくれそうだった。
青い迷宮の落とし穴
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