エラベノベル堂

青い迷宮の落とし穴

全年齢

小説ID: cmp7yote405o301o62fo4k9ud

5章 / 全10

青い迷宮の落とし穴 の小説画像

柚乃は壁際へとじりじり下がった。背中に触れる石は冷たく、逃げ道になりそうな角はどこも遠い。丸い青い影は、床を滑るように近づいてくるだけなのに、目を離すと息の感覚までずれそうで落ち着かなかった。 「来ないで……っ」 声は震えたが、青いスライムは止まらない。むしろ近づくたび、透明な波のようなものが広がり、柚乃の感覚をじわりと乱した。耳鳴りに似た圧が頭の内側を撫で、視界の端がわずかに揺れる。床の模様が波打って見え、足元の距離感まであやしくなる。 柚乃は杖を握り直し、反射的に魔法を組もうとした。だが、掌に集めた熱はすぐにほどける。ここでは術式がまともに結べない。その事実が、追い詰められた心をさらに重くした。 スライムがひとつ、ふるえるように弾んだ。そのたびに妙な圧が増し、柚乃の肩が勝手に強張る。逃げようとすると、今度は足がもつれそうになる。広いはずの部屋は、魔力を吸う紋様のせいでどこまでも不自由だった。 「なんなの、これ……」 言いながら、彼女は横へ飛び退いた。だが、石床の冷えた面が靴裏を滑らせ、思ったより移動できない。青いスライムはのろのろしているようでいて、柚乃の動きを読んだかのように進路を塞ぐ。距離を取るほど、かえって隅へ追い込まれていく。 息が浅くなる。胸の内で焦りだけが膨らむ。火も風も使えず、壁は頼れず、相手の出す奇妙な波で感覚ばかりが敏感になっていく。皮膚をなでる空気のわずかな揺れまで気になって、考えがまとまらない。 それでも柚乃は歯を食いしばり、スライムの動きを見失わないようにした。追い立てられたまま終わるわけにはいかない。だが、何度試しても距離は思うように開かず、部屋の構造そのものが彼女の足を縛る。青い影はその前で静かに揺れ続け、長引く不利だけが、じわじわと形を持ちはじめていた。

5章 / 全10

TOPへ