エラベノベル堂

湯上がり勘違い夜話

全年齢

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7章 / 全10

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「……ちょっと、顔洗ってくる」 亮が呟くと、翔太はすでに廊下の先へ向かいかけていた足を止めた。 「同じこと考えてたな」 「嬉しくない一致だ」 二人はほとんど同時に共同洗面所へ入った。白い灯りがぱっと視界を照らし、鏡に映る自分の顔のひどさに、亮は思わず眉をひそめる。目の下は重く、頬はまだ熱い。水を出して顔を濡らすと、冷たさがやっと眠気を押しのけた。 「はー……生き返る」 「大げさ」 翔太が蛇口の横で、口元を拭いながら笑う。その様子を見て、亮は少しだけ安心しかけた。だが、次の瞬間、洗面所の引き戸がまた開く。 「……あれ、二人とも早い」 結衣だった。髪を手で押さえ、まだ半分眠った顔で入ってくる。続いて奈緒も、目をこすりながらついてくる。 「何その顔。おもしろ」 奈緒の一言で、亮は一気に耳まで熱くなった。 「やめろって」 「だって、さっきまでのこと思い出してる顔」 「思い出してない」 即答したのに、結衣が鏡越しにじっと見てくる。 「ほんとに?」 「ほんとに」 「じゃあ翔太のほうは?」 「こっち見るな」 翔太が低く言うと、奈緒は堪えきれずに肩を揺らした。 「でもさ、二人とも同じくらい怪しいよ。私、もう顔見ただけで何かあったってわかる」 「何もないって」 亮が強く否定した瞬間、四人の間に一拍の沈黙が落ちた。結衣が小さく首をかしげる。 「……ほんとに、何も?」 その問いに、亮は答えを失った。何もないと言い切るには、さっきまでの距離が近すぎる。だが、何かあったと言うには、酔いと暗さがあまりに曖昧すぎた。 翔太がため息混じりに笑う。 「結局、全員かなり飲んでたんだろ」 「え」 奈緒が顔を上げる。 「いや、だってさ。記憶、ところどころ飛んでない?」 その言葉に、亮は水で濡れた指先を止めた。たしかに、宴会場を出たあたりから、誰が何杯目だったか、どんな順番で布団に入ったか、曖昧になっている。 結衣も、鏡を見たまま小さくうなずいた。 「私、部屋に戻ったあと、誰がどの布団かちゃんと見たっけ……」 「見てない気がする」 「そこ、重要じゃない?」 奈緒が笑いながら言う。だが、笑い声はどこか落ち着かない。翔太も眉を寄せたまま、腕を組んだ。 「つまり、あれだろ。俺たち、思ってるよりずっと曖昧だった」 「……そういうことになる」 亮は乾いた笑いを漏らした。 飲みすぎたせいで、自分の感覚がどこまで本当で、どこから勘違いなのかもわからない。なら、さっきの誤解がどちらから始まったのか、ますます見えなくなる。 「やば」 結衣がぽつりと漏らす。 「なにが?」 亮が聞くと、彼女は鏡の中の自分を見たまま、小さく肩をすくめた。 「だって、もしみんな同じくらい覚えてなかったら、誰のせいとも言えなくない?」 その一言で、洗面所の空気がさらにねじれた。奈緒が面白そうに笑い、翔太は顔を背ける。亮は何も言えず、濡れた手のひらを握ったり開いたりした。 「……もう、早く寝不足を解消したい」 「今さら?」 奈緒の茶化しに、亮は答えず、ただ水道を止めた。鏡の中では、全員が少しずつ赤くなっている。気まずいのに、なぜか引き返せない。 結衣が小さく息を吸って、どこか楽しそうに言った。 「ねえ、これ、あとでちゃんと整理しないと無理かも」 その言葉に、誰も反対しなかった。水の流れる音だけが残る共同洗面所で、四人は互いの顔を見比べながら、さらに深くなった誤解の入り口を見つめていた。

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