エラベノベル堂

湯上がり勘違い夜話

全年齢

小説ID: cmpam4csx04w901r47k7ing8t

8章 / 全10

湯上がり勘違い夜話 の小説画像

「……あれ、布団の位置、戻したっけ」 亮が客室に入るなりそう言うと、結衣がきょとんとした顔で振り返った。 「戻した、はず。たぶん、だけど」 「たぶんが多いな」 翔太が後ろ手で襖を閉める。早朝の空気はまだひんやりしていて、昨夜の熱っぽさが嘘みたいだった。だが部屋の中を見渡すと、布団の端は微妙にずれていて、誰がどこで寝たのかが妙にわかりやすく残っている。 奈緒が敷きっぱなしの布団を指差した。 「これ、亮のだよね。こっちが翔太で、向こうが私たち」 「そう……だった気がする」 亮が曖昧に答えると、翔太がすぐに肩をすくめた。 「気がする、じゃなくて確認しろよ。昨日のあれのせいで、全部信用ならないんだけど」 その言い方に、結衣が吹き出す。 「それ言うなら、最初に間違えたの誰だっけ」 「それは……暗かったからだろ」 「暗くても、普通は分かるって話してたよね」 奈緒が畳に膝をつき、布団の並びを指先でなぞった。 「ほら、ここ。亮が最初にこっちへ寄ったなら、翔太は反対側にいたはずじゃない?」 「待て、そこからもう記憶があやしい」 亮が顔をしかめると、結衣も荷物を持ち上げながら首を傾げた。 「私も、枕の位置は覚えてるのに、誰が誰の隣だったかがふわっとしてる」 翔太が苦笑する。 「それ、証言としていちばん困るやつだろ」 四人で布団の角を少しずつ動かし、昨夜の流れをたどる。どこで誰が起きて、どこで入れ替わって、どのタイミングで勘違いが決定打になったのか。確認すればするほど、話は細かくなるのに、肝心の部分だけが曖昧だった。 「いやでもさ」 奈緒がふと顔を上げる。 「一番恥ずかしかったの、私たちだよね」 「は?」 結衣が即座に反応した。 「違うでしょ。亮でしょ。あの寄り方はかなりまずい」 「いや、待て。あれは俺だけのせいじゃない」 亮が慌てて言い返すと、翔太が小さく笑った。 「いや、俺も巻き込まれた側なんだけど」 「でも、いちばん顔赤かったのは亮じゃん」 「暗い中で見えるわけないだろ」 「今も赤い」 結衣が楽しそうに指摘すると、亮は言葉を失った。すかさず奈緒が畳を叩いて笑う。 「ほら、そういうところ。もう勝負になってる」 「勝負にするなよ」 翔太が呆れた声を出すが、口元は少し上がっている。 布団の並びは整っていくのに、証言だけがちぐはぐにずれていく。誰が先に近づいたか、誰が一番動揺したか、誰が最初に気づくべきだったか。結局、全員が自分こそ被害者だと言いたげで、反省会はいつの間にか恥ずかしさの押し付け合いになっていた。 「ねえ」 結衣が笑いをこらえきれない声で言う。 「これ、ちゃんと整理しても、たぶん納得できないままだよ」 亮はその言葉に、何も返せなかった。納得はできなくても、昨夜の滑稽さだけははっきりしている。四人とも、朝の光の中で妙に真面目な顔をしているのに、次の瞬間には誰かがまた吹き出しそうだった。 翔太が布団を軽く持ち上げながら、ぽつりと言う。 「……で、結局、誰が一番恥ずかしかったんだ?」 その一言で、部屋の空気がぴたりと止まった。四人の視線が、なぜか同時に亮へ集まる。亮は目を見開き、思わず一歩引いた。 「なんで俺を見るんだよ」 「いや、反応がいちばん大きいから」 奈緒がにやりと笑う。 「まだ勝負、終わってないみたいだし」 亮は返す言葉を探したが、結局、布団の端をつかんだまま黙り込むしかなかった。外ではもう、朝の気配が確かに濃くなっている。だが客室の中だけは、なぜかまだ昨夜の続きみたいに、妙に落ち着かないままだった。

8章 / 全10

TOPへ