エラベノベル堂

謝罪出張、ふたり部屋

全年齢

小説ID: cmpddqolf08qb01p4wekho8it

4章 / 全10

謝罪出張、ふたり部屋 の小説画像

廊下の照明は、白すぎるほど明るかった。美奈は客室のドアの前で立ち止まり、手にした鍵を見下ろしたまま動けないでいた。隣に真人がいるだけで、背中が妙に縮こまる。部屋に入れば、さらに近い空気の中で一晩を過ごすことになる。その考えだけで、喉がきゅっと詰まった。 「どうした」 「い、いえ……」 「いえ、じゃない。鍵を開けろ」 命令口調はいつも通りなのに、今はそれが余計に息苦しい。美奈がようやくドアノブに手を伸ばした、その時だった。廊下の端で、エレベーターが低い唸り声を上げて止まり、すぐに短い警告音が鳴る。誰かの小さな悲鳴と、フロントへ向かう足音が重なった。 「また何だ」 真人が眉をひそめる。美奈は思わず肩を跳ねさせた。 「す、すみません、私のせいじゃないですよね」 「今は誰のせいでもいい。とにかくフロントだ」 フロントまで降りるしかない、と言われた瞬間、美奈はほっとしたような、余計に面倒になったような顔をした。部屋に二人きりで閉じこもるよりはましだが、こうして並んで歩くのもつらい。ところがロビーに着くなり、今度は別の係員が慌てた様子で紙袋を差し出した。 「お客様、こちらの荷物なのですが……お部屋番号が似ておりまして」 「違う」 真人は即答した。 「えっ」 美奈が袋を見ると、そこには見覚えのない部屋着が入っている。しかも自分の荷物とそっくりな色のタグがぶら下がっていた。 「こちらはうちのではありません」 「申し訳ございません、取り違えました。すぐに確認いたします」 「最初から確認してくれ」 真人の声は冷たいのに、最後のひと言には露骨な疲れが混じっていた。美奈は袋を持ったまま立ち尽くし、何度も頭を下げる係員を見ていた。自分の失敗から始まったはずなのに、次から次へと小さな綻びが広がっていく。 「相沢」 「はい……」 「そこに突っ立っているな。おまえの荷物も確認する」 「は、はい」 結局、二人でフロントと客室前をもう一度往復することになった。エレベーターが完全に止まったせいで、階段を使う客まで増え、廊下は妙にざわついている。美奈は真人の少し前を歩きながら、黙っていればいいのにと思うのに、口を閉じたままではいられなかった。 「神崎さん、今日は……本当に、すみません」 「それはもう聞いた」 「でも、私のせいで」 「相沢」 呼ばれて顔を上げると、真人は珍しく苛立ちを隠さない顔で、それでも歩く速度を落としていた。 「今やるべきなのは、謝る回数を増やすことじゃない。起きたことを片づけることだ」 「……はい」 「はい、で終わるな。荷物を持て」 「はい」 言われるまま紙袋を受け取ると、思ったより軽かった。軽いのに、やけに厄介なものを抱えた気がする。真人はフロントで鍵の再確認を済ませ、戻ってきた係員から紙の控えを受け取った。すべてが少しずつ噛み合っていない。それでも、放り出す人間は誰もいない。 廊下の先で、ようやく二人の部屋番号が見えてきた。美奈は深く息を吸った。まだ気まずさは消えない。けれど、何も起きないまま立ち尽くすよりは、ずっとましだった。真人が先にドアの前へ立ち、短く言う。 「次は、今度こそ中だ」 美奈は小さく頷いた。今度こそ、という言葉だけが、妙に現実的に胸へ落ちてきた。

4章 / 全10

TOPへ