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謝罪出張、ふたり部屋

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8章 / 全10

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資料の紙束をめくる音だけが、狭い客室に小さく積み重なっていた。美奈はデスクの端に肘をつき、真人の横顔をちらりと見る。さっきまでと違い、彼の視線は画面の先ではなく、送信済みメールの一覧に釘付けになっていた。 「……あれ」 美奈が呟く。未読の返信が、ひとつ、またひとつと増えていく。しかも、どれも妙に話が噛み合っていない。 「神崎さん、これ……先方からですか」 「違う。待て」 真人の眉間に、はっきり皺が寄った。彼はマウスを動かし、件名を一通ずつ開いていく。そこには、謝罪の相手として想定していた部署名とは別の宛先が混ざっていた。 「どういうことだ」 低い声が落ちる。美奈は息を止めた。送信前に何度も確認したつもりだったのに、返信の内容は、まるで違う前提で返ってきている。 「私、宛先を間違えました……?」 「いや、違う。文面自体は合っているが、先方の認識がずれている」 真人は画面を見たまま、さらに顔をしかめた。 「別部署経由で回ったな。こちらに来るはずの確認が、途中で止まっている」 「そんな」 「つまり、全部がおまえの単独ミスじゃない」 その言葉に、美奈は思わず顔を上げた。真人の声はまだ硬い。それでも、責めるだけの響きではなかった。 返信の一通に、こう書かれていた。自分たちは昨日の資料差し替えを受け取っていない、という内容だった。別の一通には、担当部署からの確認が未着だとある。美奈は指先を握りしめた。 「じゃあ……私だけが、全部を壊したわけじゃ」 「そういうことだ」 真人は短く言ってから、舌打ちした。 「だが、責任が軽くなったわけでもない。やるべきことは変わらない」 「はい……でも」 「でも、じゃない。おまえが一人で抱え込んで潰れるよりましだ」 その一言が、妙に胸に残った。美奈は返信の文面を見つめたまま、静かに息を吐く。自分の失敗だとばかり思っていたものが、思った以上に複数の綻びでできていた。その事実に安心したわけではない。けれど、暗い底に一人で落ちていた感覚だけは、少し薄れた。 「神崎さん」 「何だ」 「私、ちゃんと確認したつもりだったのに」 「つもり、は信用しない」 即答は相変わらず厳しい。だが真人は、届いた返信を印刷し直す操作をしながら続けた。 「確認の線が一本抜けただけで、こうなる。おまえだけの問題じゃないが、おまえもその中にいた。そこを分けて考えろ」 美奈は小さくうなずいた。言われてみれば、その通りだ。自分の落ち度だけを数えていた視界が、少しだけ広がる。 「……じゃあ、次はどうしますか」 「事実を整理する。誰がどこで止めたのか、今ここで洗い直す」 真人はプリンターから吐き出された紙を手に取り、片端を机にそろえた。 「おまえは返信の分類をしろ。先方、別部署、未確認。混ぜるな」 「はい」 返事は、さっきより落ち着いていた。美奈はメモ帳を開き、届いたメールを一通ずつ見比べる。部屋の空気はまだ張りつめているのに、さっきまでの息苦しさとは違う。誰かに押しつぶされるような感じではなく、壊れた仕組みを二人で覗き込んでいる感覚に変わっていた。 真人が最後に、もう一度だけ画面を確認する。 「……これなら、明日の先方には筋が通る」 「ほんとですか」 「不安なら何度でも見る。だが、今は一つずつだ」 美奈はペンを持ち直した。窓の外は深い夜のままなのに、机の上だけが不思議と少し明るく見えた。

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