ラウンジの照明は、夜というより薄明の名残みたいに柔らかかった。誰もいないと思っていた広い空間に、ぽつりぽつりと朝を待つ人の影がある。美奈はカウンター脇のソファに腰を下ろし、真人と並んだまま紙コップの温い飲み物を見つめた。徹夜で冷えた指先に、そのぬくもりが少しだけ沁みる。 「……ここ、まだ開いてたんですね」 「開いているからいるんだろう」 真人は相変わらず無表情だったが、目の下にはうっすら疲労が滲んでいた。美奈は苦笑しそうになって、隣のトレーに目をやる。軽食の皿がいくつか並んでいて、なぜか二人分に分けるには妙に曖昧な量だった。 「これ、食べていいんですか」 「食べないと持たない」 「上司命令ですか」 「現実だ」 言い切る声が少しだけ掠れている。美奈は小さく頷き、パンの端をちぎった。すると真人も、少し遅れて同じ皿に手を伸ばす。その仕草が思ったより自然で、逆に気まずい。 「……なんか、変ですね」 「何がだ」 「さっきまで、あんなに最悪だったのに」 真人は飲み物を一口含んでから、視線だけを上げた。 「まだ最悪は終わっていない」 「それはそうですけど」 「だが、おまえは少し寝ろ。今の顔は、謝罪に向かう顔じゃない」 「ひどい言い方」 「事実だ」 美奈はむっとしながらも、思わず口元を緩めた。笑うつもりなんてなかったのに、真人がトレーの隅に置かれたジャムを見て、妙に真剣な顔をしたのが可笑しかった。 「何をそんなに睨んでるんです」 「これは何だ」 「ジャムです」 「見ればわかる」 「じゃあ、何が問題なんですか」 「ひとつしかないのに、なぜ二種類ある」 あまりにも真面目な口調に、美奈はこらえきれず吹き出した。真人は一瞬だけ目を細め、それから珍しく肩を落とした。 「笑うな」 「だって、そんなの気にするんですか」 「気にする。甘いものは、必要以上に混ざると面倒だ」 「何の理屈ですか、それ」 「俺にもわからん」 その返事があまりに素っ気なくて、なのに少しだけ可笑しくて、美奈はとうとう声を上げて笑った。徹夜の疲れで頬が痛いのに、止まらない。真人は呆れたようにため息をついたが、すぐに紙コップを置いて、ほんの少しだけ口の端を上げた。 「……珍しいな」 「何がです」 「おまえが、ちゃんと笑える顔をしている」 美奈は息をのんだ。からかわれたのかと思ったのに、その言い方は思っていたよりずっと静かだった。ラウンジの奥で自動扉が開き、冷えた空気が一瞬流れ込む。誰かが早足で通り過ぎる。その音を聞きながら、美奈はちぎったパンをもう一口食べた。 「神崎さんこそ」 「何だ」 「たまに、変な冗談言うんですね」 「冗談ではない」 「十分冗談です」 真人は眉をひそめたまま、視線を逸らした。けれど、その横顔は昨夜までより少しだけ柔らかい。気まずさはまだ消えていない。やるべきことも、山ほど残っている。それでも、こうして並んで食べるだけで、壊れた夜が少し違って見えた。 美奈は紙コップを両手で包み、もう一度だけ笑った。真人は何も言わなかったが、今度は止めもしなかった。
謝罪出張、ふたり部屋
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