目を開けた瞬間、ひなは見慣れた天井に息を詰めた。薄いカーテンの隙間から朝の光が差し、枕元のスマートフォンが無音のまま時刻を示している。いつ自分の部屋に戻ったのか、昨夜の山道の感触だけが妙に生々しかった。 「……夢、じゃないよね」 呟いた声は、やけにかすれていた。起き上がろうとした拍子に、こめかみの奥がちくりと痛む。ひなは額に手を当て、そのまま固まった。 教室の光景が、突然、まぶたの裏に流れ込んできたのだ。黒板の前で自分が笑っている。けれど笑顔の形はどこかぎこちなく、その少し先で、前列の生徒がノートを握りしめたまま視線を落としている。次の瞬間には、廊下で肩を落とす別の生徒の横顔が重なり、また別の場面では、机に伏した背中が小さく震えていた。 「なに、これ……?」 ひなはベッドから飛び降りた。視界はまだ揺れているのに、断片は勝手に繋がっていく。授業中の小さな言葉、何気ない沈黙、笑ってごまかした返事。そのひとつひとつの先に、無理を重ねて崩れそうな空気が見えた。誰かが限界を隠している。しかも、それが一人ではない。 「待って。そんな顔、してた……?」 彼女は思い出そうとした。昨日の教室で見た生徒たちの目。疲れているだけだと思い込んだ表情。その奥に、もっと深いひび割れがあった気がする。なのに、そこへ手を伸ばしかけた途端、映像は霧のようにほどけてしまう。 ひなはスマートフォンを握り直し、通話履歴を見た。家族の名前も、友人の名前もない。自分の過去を知る手がかりは、何ひとつ残っていなかった。 「どうして私、忘れてるの」 返ってくるはずのない答えを待って、しばらく息を止める。けれど胸の奥で、別の確信だけが静かに膨らんでいった。このまま見て見ぬふりはできない。あの子たちが壊れてしまう前に、何かしなければ。 ひなは制服代わりの服の襟を正し、窓の外を見た。学校へ向かう道は、もうただの通勤路には思えない。 「理由は分からない。でも、見えたなら放っておけない」 小さくそう言って、彼女は失われた記憶の輪郭を追うように、机の上の書類を一枚ずつ整え始めた。
封印の祠
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