エラベノベル堂

封印の祠

全年齢

小説ID: cmpea581l00k001rqkmw7j75o

4章 / 全10

封印の祠 の小説画像

図書室の前に置かれた長机の向こうで、生徒たちはまだ落ち着かない様子だった。ひなは真正面に立たないよう、あえて半歩だけ横へずれる。距離を取っただけなのに、さっきまで張りつめていた空気が少しだけゆるんだ。 「順番に話して。急がなくていいから」 そう言うと、最初に口を開いたのは、いつも明るく振る舞う女子だった。 「先生、私、成績が落ちたら終わりって思ってて……」 声が小さい。笑ってごまかそうとしたのに、指先が机の縁をきゅっと掴んでいる。 「終わり、なんてことはないよ」 ひなが返すと、少女は少し驚いた顔をした。 「でも、家で言うと、もっと頑張れってなるし」 その一言に、ひなは息を止める。次に話した男子は、視線を床へ落としたまま言った。 「うち、最近ちょっと、家が静かで。帰るのがしんどいんです」 さらに別の生徒が、友人関係のことをぽつりとこぼす。 「仲いいって思ってた子が、急に別の子とばっかりいると、置いてかれた気がして」 「それで、先生に来てほしかったの?」 ひなが尋ねると、返事はすぐには来なかった。けれど沈黙のあと、小さくうなずく気配があった。 ひなはその場で何度も頷きながら、心の中で自分を責めた。助けたい。そう思うのに、踏み込みすぎれば壊してしまいそうで、踏み込まなければ届かない。その間で、いつも足が止まる。 「私、えらそうなこと言えないけど」 言いかけて、ひなは唇を噛んだ。 「見てるだけじゃ、分からないことがある。だから、話してくれて助かる」 その言葉で、誰かの肩から力が抜けたのが分かった。ひなは驚く。叱るでも、導くでもなく、ただ聞く。それだけで、こんなふうに表情が変わるなんて。 「先生、怒らないんですか」 不安そうに問われて、ひなは苦笑した。 「怒る理由があるなら怒るけど、今は違うでしょ。みんな、苦しかったんだよね」 ひとり、またひとりと話がつながっていく。成績の不安。家で息が詰まること。友人の輪から外れるのが怖いこと。ひなはそれを聞きながら、どの言葉にも否定を挟まなかった。 「大丈夫って言葉だけじゃ、足りないこともあるよね」 そうつぶやいたとき、最初に話した女子が、目をこすってから小さく笑った。 「先生、なんか、思ったより近いです」 「近すぎた?」 「ううん。ちゃんと聞いてくれる感じ」 ひなは少しだけ胸が熱くなるのを感じた。距離を取っているつもりでも、耳を傾けることはできる。踏み込めない弱さは消えない。それでも、そこで立ち止まらずにいることはできる。 「じゃあ、今日はここまで。続きは、また話して」 生徒たちは名残惜しそうに視線を交わしたが、さっきよりは確かに軽い顔をしていた。 図書室の窓から、夕方の光が斜めに差し込む。ひなはその光の中で、ようやく小さく息を吐いた。 信頼なんて、まだ始まったばかりだ。それでも、たしかに何かが動き出している。ひなは机の上に残ったメモの端を指先で押さえ、次に誰から話を聞くべきか、静かに考え始めた。

4章 / 全10

TOPへ