「……これ、どこだろう」 ひなは薄暗い旧校舎の廊下で、手元の紙束を見下ろした。学園祭の準備資料を探していたはずなのに、気づけば案内図の端に書かれた古い部屋番号ばかりを追っている。胸の奥が、理由もなくざわついていた。昨夜の眠り際に見た、ぼやけた衣装箱の列。紙の端で揺れるリボン。あの断片が、ここへ来いと急かしていた気がする。 「物置は、たしかこの先……」 軋む床をひとつ踏むたび、埃っぽい空気が靴先にまとわりつく。ひなは壁に手を添え、半開きの扉の前で立ち止まった。札は色あせ、何度も塗り直された文字の下に、かすかに倉庫の名残が見える。 「え、ここ?」 中をのぞいた瞬間、彼女は思わず息を止めた。段ボールの山の奥に、布をかけられた大きな箱がいくつも積まれている。広げたフリル、肩にかけるマント、飾りのついた帽子。どれも古いのに、丁寧に手入れされていた。 「演劇部の……衣装?」 独り言に答える者はいない。ただ、箱の隙間から古びた写真が一枚、滑り落ちた。拾い上げたひなは、そこに写る生徒たちの笑顔に目を凝らす。舞台袖らしい場所で、誰かが誇らしげにポーズを取り、その横で別の生徒が照れくさそうに肩をすくめている。背後には生徒会らしい腕章の子の姿もあった。 「こんなこと、やってたんだ……」 ページのように束ねられた手書きの記録も見つかった。衣装の貸し出し、修繕の順番、準備の際に気をつけること。走り書きの端には、役名ではない小さな願いまで混じっている。自分を大きく見せたい、今日は笑って帰りたい、あの子と一緒に立ちたい。 読み進めるほど、ひなの胸に冷たいものと温かいものが同時に落ちていく。 「これ……ただの準備メモじゃない」 学校の中で、言葉にしきれなかった気持ちを、衣装に託していたみたいだ。まるで形のない願いを、布と糸でそっと縫い留めるように。ひなは指先で記録の端をなぞり、祠の前で感じた懐かしさの意味を思い出しかけて、ぐっと息を呑んだ。 失われた記憶は、自分だけのものではない。この学校の過去に、深く結びついている。 「じゃあ、私も……」 言いかけて、ひなは手を止めた。記録の束の最後だけ、妙に紙が薄い。何度も開かれたような跡があるのに、肝心の一枚だけが抜け落ちていた。 「一枚、ない」 さっきまで確かにあったはずの空白が、今ははっきり見える。誰かが外したのか、最初からそこだけ残していなかったのか。ひなは写真を胸に抱くようにして、抜けた場所を見つめた。 そこに何が書かれていたのか、まだ分からない。けれど、知らないままでは終われないという予感だけが、静かに背中を押していた。
封印の祠
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