写真室の引き戸を開けた瞬間、ひなは思わず息を止めた。古い現像液のような匂いと、しまい込まれた紙の乾いた気配が、薄い埃といっしょに頬へ触れる。窓は半分だけカーテンが引かれ、棚に並ぶ箱の背表紙が、淡い光の中で静かに浮かんでいた。 「ここに、あったんだ……」 ひなは腕に抱えた衣装箱をそっと下ろす。旧校舎で見つけたものと、写真室に残されていた記録。別々に見えた断片が、机の上で並んだ途端、ひとつの輪郭を持ちはじめた。 箱を開け、広げた布地に古い写真を重ねる。舞台衣装の襟元、袖口の飾り、縫い直された糸の色。写真の中の生徒たちが身につけているものと、驚くほど一致していた。 「やっぱり、これ……ただの衣装じゃない」 ひなは記録をめくり、行間を追う。そこに書かれていたのは、派手な催しの計画ではなかった。言えなかった願いを、いったん役や装いに写し取り、祠へ戻す。そうして学校に溜まった澱を静める、古い手順だった。 自分を強く見せたい、謝れなかった相手に顔を向けたい、見送る言葉がほしかった。そうした小さな願いを、誰にも傷つかない形に整えて返す。そのために衣装があり、写真があり、記録があった。 「怪異を封じてたんじゃない……」 ひなは指先を止め、喉の奥で言葉を転がした。 「この学校の、抑え込まれた気持ちそのものを、鎮めてたんだ」 そう気づいた途端、胸の奥がひやりとする。祠で感じた懐かしさは、恐ろしいものへの記憶ではなかった。自分もまた、この流れの中にいたのだ。過去のどこかで、同じ衣装に手を伸ばし、同じ手順の中に立っていた。だからこそ、何も思い出せないのに、身体だけが知っていたのかもしれない。 ひなは机の端に置いた写真を見つめる。笑顔の裏にあった言い足りなさが、今は少しだけ分かる気がした。 「先生、また来てくれたんですか」 扉の外から声がして、ひなははっと顔を上げる。慌てて記録を閉じ、衣装箱の上に手を置いた。 「うん。ちょっと、確かめたいことがあって」 返事をしながらも、心臓は静かに速く打っていた。ここまで来れば、もう知らないふりはできない。予知で見えた、あの壊れかけた空気も、たぶんこの積み重なった願いの延長線上にある。 ひなは箱の中の布をそっと撫でる。教師として距離を取るべきだと分かっているのに、もう一歩だけ踏み込みたいと思ってしまう。 「私が、ここに戻ってきた意味……やっぱりあるのかも」 誰に向けたでもない呟きは、写真室の静けさに小さく溶けた。
封印の祠
全年齢小説ID: cmpea581l00k001rqkmw7j75o
