中庭のベンチは、昼の光を受けて白く熱を帯びていた。ひなはそこに腰を下ろしたまま、膝の上で指を組んではほどく。校舎の影が短く落ち、揺れる木の葉が足元に斑をつくっていた。 どうするべきか、ずっと迷っていた。生徒たちの寄ってくる視線を受け止めるべきか、それとも少し距離を置いて、これ以上期待を膨らませないようにするべきか。どちらも正しそうで、どちらも怖い。 「先生、ここにいた」 振り向くと、数人の生徒が足を止めていた。ひなは反射的に笑いかける。いつもの、無難で、安心させるための笑顔だった。 「うん。ちょっと考えごと」 「また、私たちのことですか」 そう聞かれて、ひなは少しだけ息を詰めた。 「……そう、かな」 生徒たちは顔を見合わせる。誰かが言いにくそうに唇を噛み、それから観念したように視線を落とした。 「先生に、ちゃんとしててほしかったんです」 「ちゃんと?」 「うまく言えないけど、困っても、迷っても、先生なら大丈夫って思いたかった」 その言葉は、胸の奥にずしりと沈んだ。ひなは思わず、笑いかけたまま固まる。 「私が?」 「はい。完璧な先生みたいでいてほしかったんです。頼れば答えてくれる人で」 別の生徒が、苦笑まじりに続ける。 「そうじゃないと、こっちが不安になるから。先生まで揺れたら、もう支えがなくなる気がして」 ひなは、ゆっくりと肩の力を抜いた。完璧でいることを求められていたのだと、ようやく言葉になって届く。 「……そっか」 自分の声が、少しだけかすれていた。 「私、平気なふりをしてたのかも」 生徒たちの目が、静かにこちらを見た。責める色はなかった。ただ、続きを待つ顔だった。 ひなはベンチの端に置いていたカバンを見つめる。あの中には、記録の断片も、衣装の資料も入っている。だが今、いちばん重いのは別のものだった。 「私もね、みんなに必要とされると嬉しかった」 言いながら、自分で驚いた。 「安心してほしくて、強い先生でいようとした。悩んでないふりをして、笑ってれば、それでいいって思ってた」 その瞬間、胸の奥の固まりが少しだけほどける。 「でも、それって、ただの見せ方だったのかもしれない。承認されたい気持ちを隠していただけで」 「先生……」 「ごめん、変なこと言ってるよね」 ひなは小さく首を振った。 「でも、もうやめる。完璧に見えることを優先してたら、きっと本当に大事なことを見落とす」 生徒のひとりが、そっと口を開く。 「先生も、不安だったんですか」 「うん。かなり」 ひなの返事に、空気がふっとやわらいだ。誰かが小さく笑い、それにつられて別の生徒も肩を落とす。 「なんだ。先生だけじゃなかったんだ」 「そう。だから、完璧じゃなくていい」 ひなは、初めて自分からまっすぐ生徒たちを見た。 「私も、みんなに見てもらえると嬉しい。必要としてくれるのはうれしい。でも、無理に笑うのはもうやめたい。ちゃんと不安もあるって、話していいなら話したい」 しばらく、誰も口を挟まなかった。けれど沈黙は重くなかった。暑い風が中庭を抜け、葉擦れの音だけが近くを流れる。 「……先生、そっちの方がいいです」 やがて、ひとりがぽつりと言った。 「完璧だから好きなんじゃなくて、ちゃんと人間だから、好きなんだと思う」 ひなは目を瞬いた。 「そう、かな」 「たぶん」 「じゃあ、私も少しは、先生らしくなれたのかな」 その言葉に、生徒たちが今度ははっきり笑った。ひなもつられて笑う。無理に作った形ではない、少しだけ肩の落ちた笑いだった。 中庭の風が、髪を揺らす。ひなはその感触を受け止めながら、まだ不安は消えていないと知っていた。けれど、ひとりで抱え込む必要はないのかもしれない。 生徒たちは、完璧な先生を求めていた。ひなは、自分が承認されたい気持ちから笑っていた。その事実を認めたあとで、ようやく同じ高さで向き合える気がした。 「先生、また話聞いてください」 「うん。今度は、ちゃんと私も話す」 ひなはそう答え、ベンチの上でそっと拳を握った。次に何を言うべきかは、もう少しだけ先に置いておく。今は、この揺れた気持ちのまま、次の準備へ進むだけだった。
封印の祠
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