舞台袖は、布と汗と木材の匂いが重なって、胸の奥まで熱くしていた。ひなは指先で衣装の留め具を確かめ、手元の記録をもう一度見下ろす。祠に残された手順どおり、役を振り分ける。そう決めていたはずなのに、目の前の生徒たちは、衣装を手にしたまま言葉を飲み込んでいた。 「これ、私が着るんですか」 最初に声を出した生徒は、いつもの勢いがない。別の子も、袖を握ったまま目を逸らす。 「役は分かるけど……願いって、言われると」 「うまく、言えない」 ひなは小さく息を吸った。予知で見た、あの割れ方に似ている。ここで押し切れば、たぶん空気は崩れる。だから教師の口調を選ぶ代わりに、彼女は衣装のひとつを自分の腕に通した。 「じゃあ、言えないままでいい。言葉にできる子からでいいから」 「先生、それじゃ間に合わないです」 「間に合わせるよ」 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。ひなは鏡も見ずに胸元を整える。布が肩に触れた瞬間、記憶の底がかすかに震えた気がした。 「私も、同じ側に立つ。先生だから指示するんじゃなくて、当事者として着るの」 生徒たちが顔を上げる。 「一緒に?」 「うん。一緒に舞台に立とう。願いを言葉にできなくても、役としてなら出せることがあるはずだから」 ひなの言葉に、誰かがようやく衣装を抱きしめた。最初は戸惑っていた手が、少しずつ袖に通されていく。けれど、まだ迷いは残っていた。視線が交わるたび、言いかけた言葉が宙で止まる。 「でも、私たち……」 「怖いよね」 ひなは、あっさり言った。 「怖いままでもいい。私も怖い」 その一言で、舞台袖の空気がわずかに変わる。完璧な先生として立つのではなく、揺れるまま隣にいる。そのほうが、彼女たちには届くのかもしれない。 ひなは自分の衣装の帯を結び直し、皆を見た。 「さあ、行こう。言えなかった願いを、舞台の上でちゃんと受け止めるために」 誰かがうなずく。まだ声にはならない決意が、布の擦れる音の中で確かに育っていた。
封印の祠
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