エラベノベル堂

ワンピースの向こう側

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8章 / 全10

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買い物袋は、午後の光を受けて少しだけ色を変えて見えた。川沿いの遊歩道には風が抜けていて、昼の熱気を持て余した空気をさらっていく。隼斗と若菜は並んで歩きながら、たまに袋の持ち手が触れるたび、どちらともなく少しだけ肩を揺らした。 「……なんか、今日は静かだな」 隼斗が言うと、若菜はむっとした顔を作った。 「静かじゃないし」 「でも、さっきよりは落ち着いてる」 「それは……まあ」 言い切れないまま、若菜は視線を川へ逸らす。髪を耳にかける仕草だけは、いつも通りに戻りかけていた。けれど、まだ完全に素直になれないらしい。 「まだ何か気にしてる?」 「べつに」 「そのべつには、だいたい気にしてるやつだろ」 「うるさいなあ」 若菜は頬をふくらませたが、その声はもう強がりきれていない。隼斗は笑って、わざと少しだけ歩幅を合わせた。 「ならいい。前よりは話しやすい顔になった」 「なにそれ」 「褒めてる」 「絶対に違う」 即座に返ってきた言葉に、隼斗は肩をすくめる。すると若菜は一拍置いて、小さく吹き出した。 「……でも、今日は変な顔してないかも」 「俺が?」 「うん。いつもより、ちゃんと笑ってる」 その言い方が妙に真っ直ぐで、隼斗は少しだけ照れた。 「そりゃ、誤解が解けたからな」 「まだ、ちょっと信じきれてないけど」 「何をだよ」 「隼斗が本当に引っ越さないこと」 若菜はそう言って、すぐに口を尖らせた。 「だって、平気そうにしてると急に不安になるんだもん」 「だから、それは悪かったって」 「ほんとに反省してる?」 「してる」 「じゃあ次から、変な噂が出る前にちゃんと言って」 隼斗は歩きながら、少しだけ真面目に頷いた。 「分かった。次からは先に話す」 「うん」 「あと、気になったらその場で聞くこと」 「……それは、むずかしい」 「むずかしくてもやる」 「命令っぽい」 「事実だろ」 若菜は文句を言いかけて、結局また笑った。川面がきらきら揺れて、遊歩道の先に伸びる白い線をぼんやり照らしている。二人の間にはまだ少しぎこちなさが残っていたが、さっきまでの張りつめた空気はもうなかった。 「ねえ、隼斗」 「ん」 「次は、もっと早く言ってよ」 「だから言うって」 「ほんとに?」 「ほんとに」 若菜は安心したみたいに息をつき、それから視線を下げたまま、小さく付け足した。 「……変な服、着る前にね」 隼斗は一瞬だけ目を丸くして、それから吹き出した。 「そこまで見抜くのかよ」 「見抜くよ。幼馴染だし」 少し得意げな声に、ようやくいつもの調子が戻ってくる。隼斗は買い物袋を持ち直し、わざと軽く言った。 「じゃあ、次からは噂が広がる前に、俺がちゃんと先手を打つ」 「何それ」 「先に言う」 「……ふうん」 若菜はそっぽを向いたまま、でも口元だけは緩んでいた。川風が二人の髪を揺らし、遊歩道の先で日差しがまた少し強くなる。隼斗はその横顔を見て、次に何を言うべきかを考えた。

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