「……歩くって、どこを」 花はまだ顔を隠しきれないまま、指の隙間から章太を見上げた。 「人の少ないほう」 「それ、雑すぎない?」 「今はそれでいいだろ」 章太が肩をすくめると、花は赤い頬のまま、むっとしたように唇を尖らせる。けれど、立ち上がる気配は拒まなかった。 二人は石段を下り、提灯がつくる橙の帯の下へ戻る。露店街はまだ賑やかで、焼きとうもろこしの匂いや甘い飴の香りが風にまじって流れてきた。人波の端を選ぶように歩くと、さっきまでの沈黙が、逆に大きく耳に残る。 「なあ、花」 「な、なに」 「さっきの……」 言いかけた章太の声を、花が慌てて遮る。 「や、やっぱり今それ言う? 無理、まだ無理だし」 「最後まで聞け」 「聞きたくないってば」 「だったら、見るな」 「見てない」 「見てる」 「見てないもん」 言い合いは昔みたいなのに、そこに混じる熱だけが昔と違った。花は歩きながらも落ち着かず、袖の端を握ったり離したりしている。章太はその横顔をちらりと見て、言葉を探した。 すると、ふっと提灯の明かりが揺れた。 風でも吹いたのかと思った瞬間、花の足が止まる。章太もつられて立ち止まると、花が小さく息を呑んだ。 「……また」 「今度は何だ」 花は返せない。代わりに、さっきとは違う、どこか楽しげな気配が彼女の表情に差し込んだ。章太はそれを見て、背筋が冷える。 「おい、花?」 「ちょっと、待って。勝手に……」 花の声が、途中で途切れる。次の瞬間、彼女は自分でも驚いたように目を瞬かせ、章太のほうを見た。 「章太、あのね」 「花」 「ううん、今は、私が言うの」 言葉の調子が、さっきまでと違う。けれど露骨に別人というほどではない。花の中の何かが、反応を引き出すみたいに、彼女の頬をさらに熱くしていた。 「……私、ほんとは、ちゃんと」 「ちゃんと?」 「っ、だめ、待って、やっぱり恥ずかしい!」 自分で押し返すように両手で口元を覆う花の様子に、章太は一瞬だけ目を見開き、それから低く息を吐いた。 「また来たのか」 「たぶん……たぶんっていうか、絶対……」 花はうずくまりそうな勢いで肩を縮める。だがその様子の奥で、かすかな悪戯心がちらつくのを、章太は見逃さなかった。 「今の、わざとか」 「わ、わざとじゃない! ほんとに、勝手に……!」 「嘘つけ」 「ついてない!」 花は半泣きの声で否定するが、その顔は真っ赤なまま、なぜか少しだけ安心したようにも見えた。 章太は笑いそうになるのをこらえ、けれどすぐ真顔に戻る。 「無理に言わなくていい」 その一言に、花の肩がぴくりと揺れた。 「……でも」 「でも?」 「今の、私のせいじゃないけど……でも、章太の前だと、余計に変になる」 花の声は細く、それなのに妙に正直だった。 章太は少しだけ目を伏せ、笑う代わりに言った。 「なら、俺が聞いても平気なようにしろ」 「そんな急に無理だよ」 「急じゃない。ずっとだ」 花は息を止める。提灯の光が彼女の頬に落ちて、赤みを余計に浮かび上がらせた。 そのとき、またひやりとした気配が、花の表情の奥をかすめる。まるで返事を急かすみたいに。 章太は反射的に一歩近づいた。 「花」 呼ぶと、花は目を伏せたまま、小さくうなずく。 「……うん。いる、まだ」 「なら、逃げるな」 「逃げてないし」 「顔が逃げてる」 「章太、そういうこと言うの、ずるい」 「今さらだろ」 花は唇を噛み、やがて耐えきれないみたいに息を漏らした。 「……ほんとに、ずるい」 その一言だけが、提灯の下でやけに柔らかく響いた。章太が何か返そうとした瞬間、花はまた慌てたように視線をそらす。だが、もうさっきまでの気まずさは少し違っていた。 揺さぶられたままでも、二人はまだ隣に立っている。 人波の向こうで、祭りの音がひときわ大きくなる。章太は花の横顔を見つめたまま、その次の言葉を探し続けた。
神様の告白
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