エラベノベル堂

約束の一本

全年齢

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5章 / 全10

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「折れてはいません、か」 美桜は息を荒げたまま、唇の端をつり上げた。悔しい。悔しいのに、颯人の声は妙に落ち着いていて、その静けさがいちいち腹にくる。 「言ってくれるじゃない」 「事実です」 「そういうのがむかつくの!」 今度こそ、と踏み込む。だが、颯人は急がない。派手に止めることもなく、ほんの少し体をずらし、美桜の力の向きを変えてしまう。 「っ……また!」 「右肩に力が入りすぎです」 「見ればわかることを言わないで!」 「見れば、です。美桜さんは分かっていても、すぐ強く出る」 名前を呼ばれて、美桜の呼吸が一瞬だけ乱れた。 「な、なんでそんなこと……」 「癖です。勢いがあるときほど、相手を押し切ろうとする」 「当然でしょ。勝つためだもん」 「でも、それだと相手に読まれます」 颯人は淡々と言う。説教くさいわけでもない。ただ、当然のことを並べている顔だった。 美桜は歯を食いしばった。読まれる? そんなの、いつもの自分なら気にしない。けれど、今は違う。自分の動きが少しずつ先回りされているのが分かってしまう。 「もう一回」 「どうぞ」 再び組み合った瞬間、美桜は妙に自分の手の重さを意識した。強く握っているつもりなのに、どこか無駄がある。颯人はそこを逃さない。 「力を入れる場所が、少し早いです」 「うるさい、助言しないで!」 「助言です。今のままだと、次も同じになります」 同じ。そう言われて、胸の奥がきしんだ。確かに、さっきから何度も同じように崩されている。自分では攻めているつもりでも、相手から見れば慌てて突っ込んでいるだけなのかもしれない。 そんな考えがよぎった途端、足元の自信がわずかに揺らいだ。 「っ……私は、まだ……」 「まだ戦えます。ですが、今のままだと勝ち筋は薄いですね」 勝ち筋。冷たい言葉のはずなのに、不思議と突き放した感じがしない。むしろ、見捨てる気がないからこそ言っているようで、余計に悔しかった。 美桜は一度大きく息を吸い、肩の力を抜こうとした。だが、抜いたつもりで入っていた力は、思った以上に自分を固くしていたらしい。 「……こんなの、いつも通りじゃない」 「そうですか」 「そうよ。私は、こんなに――」 言いかけて、止まる。こんなに何だ。余裕がない? 焦っている? そのどれも、認めたくない。 けれど、颯人の目はもうごまかせないというように静かだった。 「美桜さんは、勝ち気です。でも、負けそうになると力で取り返そうとする」 「だから何」 「その癖が、今ははっきり見えています」 見抜かれた。そう思った瞬間、美桜の顔から熱が引いた。自分でも気づいていなかった弱さを、こんなふうに言葉にされるのは初めてだった。 「……っ、うるさい」 「すみません。ですが、そこを直さないと苦しくなります」 苦しくなる。その一言が、じわりと胸に沈む。美桜は反発しようとして、言葉が出なかった。強気で押し通してきた自分が、畳の上で少しだけ小さくなった気がした。 颯人は追い打ちをかけない。ただ、まっすぐ向き合ったまま、落ち着いた声で言う。 「まだ終わりではありません。ですが、今は自分の動きを見てください」 美桜は拳を握ったまま、返事をしなかった。悔しい。こんなところで、未熟だと突きつけられるなんて。けれど、否定できない自分もいる。 勝ち気な笑みは、もう最初の形を保てなかった。 畳の上の静けさだけが、次の一手を待つようにふたりのあいだに落ちていた。

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