エラベノベル堂

約束の一本

全年齢

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6章 / 全10

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美桜は昼休みのざわめきを背に、屋上のベンチへ颯人を追い詰めるように向かった。風が強く、髪が頬に触れるたびに、昨日までの熱がまだ残っている気がして腹立たしい。 「ねえ、早瀬」 呼び止める声は強いはずなのに、自分でも少しだけ尖りすぎているとわかった。 「どうしました」 颯人はベンチに腰を下ろしたまま、いつもと同じ調子で振り向く。美桜は立ったまま腕を組んだ。 「どうしました、じゃないでしょ。あんた、昨日からずっと余裕そうじゃない」 「余裕ではありません。落ち着いているだけです」 「同じ意味よ」 「違います」 その一言が、妙に静かで腹に響いた。美桜は唇を噛む。 「私、負けてないし」 「勝ち負けの話をしているわけではありません」 「してるでしょ。私が押されて、あんたが偉そうに――」 「僕は偉そうにした覚えはありません」 颯人は少しだけ目を細めた。 「美桜さん、約束をしましたよね」 「……っ」 「勝ったら認める。負けたら認める。そう決めたなら、まず守るのは勝敗じゃなくて約束です」 美桜は言葉を失った。そんなの、わかっている。わかっているのに、負けを認めるみたいで悔しかった。 「でも、あれじゃ私だけ損じゃない」 「損かどうかは、守ったあとに決まります」 「意味わかんない」 「約束を守る人は、信用できます」 その言葉に、美桜の胸が小さく跳ねた。信用。そんなふうに言われたことが、ないわけじゃない。でも、それは部の中で結果を出したときだけだった。 「……私が、信用されてないみたいじゃん」 「今のままだと、少し危ういです」 「は?」 「でも、だからこそ見ていたくなる」 颯人は淡々と言った。からかっているようで、そうではない。美桜は反射的に言い返そうとして、喉の奥で止まった。 「なによ、それ」 「ちゃんと悔しがれる人は、伸びます」 「褒めてるつもり?」 「はい」 強気で突っぱねるはずだったのに、言葉の先がうまく尖らない。悔しい。なのに、胸の奥で別の何かが、じわりと温まる。 美桜はベンチの足元を見て、やっと小さく息を吐いた。 「……あんた、ほんとムカつく」 「それはよかったです」 「よくない!」 言い返した瞬間、颯人がほんの少し笑った。見慣れないその表情に、美桜はますます調子を崩す。 「私、まだ納得してないから」 「それでいいです」 「は?」 「納得できないなら、次に活かせます」 美桜は口を開きかけて、閉じた。言い返せない。悔しさと、よくわからない信頼の形が、胸の中でせめぎ合っている。風が吹き抜け、二人の間を白く薄めていく。 「……約束は、守る」 絞り出すように言うと、颯人は静かにうなずいた。 「ええ。そうしてください」 その返事が、なぜだかひどく遠くまで届いた気がした。美桜はベンチの背に指をかけたまま、次の言葉を探せずに立ち尽くす。悔しいのに、もう完全には突き放せない。そんな自分に気づいて、さらに眉をひそめた。 「……ほんと、何者なのよ」 問いは風に溶けたが、颯人はすぐには答えなかった。

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