エラベノベル堂

約束の一本

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7章 / 全10

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図書室の前まで来たところで、美桜は一度だけ足を止めた。廊下の向こうからはページをめくる乾いた音と、誰かの小さな咳払いが聞こえる。約束を果たす、と自分で言った手前、引き返すのはもっとみっともない。 「……手伝えばいいんでしょ」 ぶっきらぼうに言うと、颯人は顔を上げた。机に並べた本の山を見ていたらしく、眼鏡の奥の目が少しだけ柔らかくなる。 「ありがとうございます。ですが、その言い方だと、手伝いたくないのに来たみたいですね」 「別に。来たからにはやるだけ」 「なら十分です」 あっさり受け止められて、美桜は逆に居心地が悪くなる。素直にうなずけばいいだけなのに、どうしても肩に力が入った。 「で、何すればいいの」 「この札を、上の段に戻してください。背の高い人の仕事です」 「は?」 思わず睨むと、颯人は悪びれもせずに本を指した。美桜はむっとしたまま札を受け取る。言われた通りの場所へ向かうと、確かに自分なら手を伸ばせる高さだった。そんな役割を、最初から用意していたのかと思うと、余計に腹が立つ。 「わざとでしょ」 「何がですか」 「私が、ちゃんと動けるようにしてるくせに」 颯人は少しだけ黙ったあと、淡々と言った。 「無理に言われて動くのは、たぶん美桜さんの性分に合いません。だから、できる形を選びました」 その言い方は、からかいではなかった。命令でもない。ただ、当たり前のように彼女の癖を見ている声だった。 美桜は札を棚に差し込みながら、目だけをそらす。 「……別に、気を遣われなくても」 「気を遣っているつもりはありません。役割分担です」 「役割分担って、そんな大げさな」 「では、次は本の並び替えをお願いします。背表紙の色で三つに分けます」 「急に増やすな!」 声を抑えたつもりでも、少し弾んでしまう。颯人はそれを咎めず、むしろ当然のように隣へずれた。美桜は一冊ずつ並べながら、ふと気づく。自分が文句を言いながらも、止まっていない。言われたからではなく、やることがあるから手が動いている。 その感覚が、妙に新しかった。 「……こういうの、慣れてるの」 「少しだけです」 「ほんとに少し?」 「たぶん」 曖昧な返事に、美桜は小さく鼻を鳴らした。なのに、さっきまでのような苛立ちは続かない。廊下の明るさが窓から伸びて、二人の足元を静かに分けていく。 本を抱え直した美桜は、わざと目を合わせずに言った。 「……次は、何をすればいいわけ」 その声は、思ったより素直だった。颯人はほんの少しだけ口元を動かし、並べ終えた札の列を見たまま答える。 「じゃあ、もう一列お願いします」

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