エラベノベル堂

瓜二つの部下

全年齢

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2章 / 全10

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翌朝、会議室の扉を押した瞬間、冷えた空気の奥に、まだ整いきっていない緊張が漂っているのがわかった。机の上には資料の束とペン、そして新入りとは思えないほどきちんと揃ったメモが置かれている。美桜はすでに席についていて、背筋を伸ばしたまま、窓の外ではなく手元の資料を見ていた。 「おはようございます、一真さん」 その声は昨日と同じだった。けれど、昨日より少しだけ落ち着いて聞こえた。 「おはよう。早いな」 「少し確認しておきたくて」 彼女はそう言って、何のためらいもなく一枚目の資料をめくる。まだ初対面に近いはずなのに、妙に場慣れしている。俺が何を言うべきか迷っている間に、美桜は会議の論点を先回りするように、要点を指先で示した。 「この数字、先方の想定より少し高めです。比較表を入れたほうが、納得してもらいやすいかもしれません」 「……そこまで見たのか」 「はい。あと、ここは説明を一段階減らしたほうが、聞く側も追いやすいです」 淡々としているのに、言葉は驚くほど的確だった。俺は思わず口をつぐむ。昨日まで、ただ似ているだけの新入社員だと自分に言い聞かせていたのに、こうして資料の空白を埋めていく手際を見ると、想像していたよりずっと頼れる。むしろ、こちらが支える側ではなくなるような気さえした。 会議が始まると、美桜はさらに落ち着いていた。発言の順番を読み、要点がずれそうになるたびに、さりげなく補足を入れる。こちらが見落とした一行まで拾って、話の流れを整えてしまう。周囲の視線も自然と彼女に集まる。 俺は一度、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。 本人なんですか、なんて聞けるはずがない。 聞けば、全部が壊れる気がした。否定されたときのほうがまだ楽かもしれないのに、問いただす勇気が出ない。 会議が終わり、参加者が席を立ちはじめた頃、美桜が俺の横で資料を閉じた。 「一真さん」 「ん?」 顔を向けると、彼女は何気ないふうに言った。 「昨日、引退した女優さんのニュース、少し見ました。あの人、長く愛されていたんですね」 胸の奥が、ひとつ跳ねた。 それはただの世間話のはずなのに、妙に自然で、妙に核心をかすめる響きがあった。昨日の夜から抑え込んでいた疑念が、かえって濃くなる。 「……そうだな」 それだけ返すのが精一杯だった。 美桜はそれ以上追及もせず、すっと立ち上がる。けれど、去り際に見せた横顔が、俺にはどうしても普通に見えなかった。引退の話題を知っていたことより、その言い方があまりにも落ち着きすぎていたことのほうが、ずっと引っかかる。 会議室のドアが静かに閉まる。俺は残された資料を見下ろしながら、ようやく自分の息が浅くなっていたことに気づいた。 似ているだけじゃないのかもしれない。 その考えが、言葉にならないまま胸の内で重く沈んだ。

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