コピー機を直してから数時間が経った。窓の外は橙と紫が混ざり合う黄昏時。正樹はモニターに向かい、報告書の最終確認を行っていた。キーボードを打つ音だけが響く静かなオフィス。同僚たちが帰宅し始め、フロアの人口密度が下がっていく。 「お疲れ様でした」 「お疲れ様です」 そんな挨拶の声があちこちから聞こえる。正樹も帰りたい気持ちはあったが、今日中に提出しなければならない書類が残っていた。 「先輩、まだ終わりませんか?」 背後から陽葵の声が届いた。正樹は振り返る。彼女はデスクの整理を終え、カバンを手に持っていた。 「ああ、あと少しだけど……君はもう帰っていいよ」 正樹はできるだけ普通に言ったつもりだった。しかし陽葵は首を傾げ、 「手伝いますよ」 と申し出た。 「え?でも……」 「先輩一人に任せるわけにはいきません。新入社員ですから、教育担当の方の負担を減らすのも仕事です」 彼女はそう言って、再びデスクにカバンを置いた。 「それに、残業手当も出ますしね」 と無邪気に付け加える。正樹は苦笑いするしかなかった。 「……分かった。じゃあ、ここのデータ入力を手伝ってくれるか」 「はい!」 陽葵は隣の席に戻り、モニターに向かう。フロアには他にも数名の社員が残っていたが、彼らも次々と帰路につく。 「お疲れ様」 「お疲れ様でした」 最後の一人がエレベーターホールへ消えていく。広くなった空間に、正樹と陽葵の二人だけが残された。キーボードを打つ音が、静寂の中で際立つ。正樹は隣で真剣に作業をする陽葵の横顔を盗み見た。流れる黒髪。真剣な眼差し。時折、唇を少し噛む仕草。全てが美しく、そして危険だった。心臓の鼓動が速くなるのを感じる。コピー機での光景が脳裏に蘇る。あの純白。あの瞬間のドキリとした感覚。 「先輩、この入力で合ってますか?」 陽葵が顔を向ける。近い。距離が近い。正樹は息を詰めた。 「あ……うん、それでいいよ」 「よかった!」 彼女は満面の笑顔を向けた。正樹は視線をモニターに戻した。額に汗が滲む。この状況。二人きりのオフィス。窓の外には完全に闇が訪れようとしていた。
瓜二つの部下
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